スピナ−あるいはブレ−ドランナ−についての若干の覚え書き

TVC15・山本よしふみ

このペ−ジはネコ・パブリッシング刊のmodel cars(No.35)に掲載されている
「スピナ−の特集記事」を補足したものです。未読の方は書店にてバックナンバーをお求め下さい。
1/16スケ−ルの素晴らしいスピナ−の製作例を見る事が出来ます。




屹立確固たるイメ−ジ

 例えばパソコンを持ち出してもいい。15年前のパソコンに今なにが望めるか? 仕事で使う事はおろか、アンチックの範疇に入れる事も出来ないただのガラクタである。一つの作品なり製品が生まれると必ずやそれは近い将来において凌駕されるというのが世の常である。何かはいつも何かに「越えられる」というのがこの世の宿命のようである・・ 

 ところがここに一つの例外がある。ブレードランナー以降、15年を過ぎて尚そのビジュアル・イメージを越える作品が生まれていないという一事である。一つのイメージが15年に渡り何物にも侵されず君臨し続けている事の驚き。その亜流のイメージは夥しくあっても、決して凌駕されずに今日を迎えている事の奇妙。

 人間のイマジネ−ションの枯渇ぶりを示しているとも思えるこの一事は、けれど、それだけブレ−ドランナ−のイメ−ジが確固たるものであったという証しでもあろう。先の読めない混迷の時代の、一つの先導としての具現でもあったろう。モデル・カ−ズの本文ではこの事態を「タイムマシンに搭載された記録カメラの映像」になぞらえて書いた。

 名作に価する作品が担う側面の一つが、「凌駕されず君臨し続ける」その持続の消息であるとするなら・・ ブレ−ドランナ−はまさに名作といってよく、それがおそらくは、例えばダビンチの絵画ほどには永らくは鮮度を保ちえないとしても、映像芸術としての一つの頂上を極めた作品であろう事に違いはない・・ 絵空事とは思えぬ具象としての未来像はまばゆいばかりに鮮明であり、また同時に、暗く重く、ヘビ−級のボクサ−のパンチのような底知れぬ重量感に満ちて私達をうちのめす・・

一つの顛末 

 私事で恐縮だが、映画が公開された直後、我がTVC15はポリススピナーの商品化権を取得した。今となっては信じられないような話だが、商談は電話一本でまとまった。むろん、後日にややこしい英文の契約書を交えさせたけれど、商品化の許諾に関してはたどたどしく心許ない我が英語で事足りたのである。スタッフは一様に驚きに眼をみはり、とりわけ原型を製作した近馬英嗣君(現岡山県警・特捜部刑事!・・ホントですよ)に至っては、凄い、凄いと当方に向けて熱い賞賛の眼差しを向けたものだったが、この時、期限つきとはいえ「ブレードランナー」の我が国における独占(!)商品化権が授与されていたという事を英語力のない私は知らなかったというオチがつく・・ 貧者束の間の王になり、というコトワザが中国にあるという。私は王になった事すらしらなかったのだ。

 以来、今日に至るまでスピナー探求(?)を続けてきた訳だけれども、強力なその磁力にいつまでも引っ張られて、新たな魅力ある車の摸索が出来ず・・ その影響下にあって一歩も二歩も進退が極まっている状態に苦渋を覚えるようになった。だから、回想としていつかの日、ピリオドをうたねばならないとは常々考えていた。スピナ−から「卒業」したいのである。その甘美で強力な磁力から逃れて引力圏を脱出し、スピナ−以後の新たな「車」を摸索したいのである・・

 幸いにも請地利一氏という優秀なモデラ−の協力を得てモデルカ−ズ誌上にて、スピナ−探究の統括を行う事が出来た。本誌上にて、あなたや私の中にあったイメ−ジとしてのスピナ−が、輪郭の一切を紡がれて模型として凝固している筈だ。ブレ−ドランナ−のフアンには、本号は永久保存版に値しますぞ、と声を大にしたい・・


映画「ブレ−ドランナ−」について

 ブレ−ドランナ−はそのスニ−ク・プレビュ−版(劇場公開前に観客の反応を調査するために一夜一回限りで上映されるフィルム)を含めて、7つのバ−ジョンが存在する。完全版とかディレクタ−ズ・カット版とか銘打たれているのは既にご存じだろう。合衆国にはセリフの一部が異なるケ−ブル・テレビ版というのがあるそうである。どれを本当の意味での決定版とするかは意見がある所だろうが、監督自身が最終チェックを施したディレクタ−ズ・カット版が本命だと明言したい。

 ディレクタ−ズ・カット版では1982年当時に公開された版にある、あのH・フォ−ドのナレーションがカットされた事でより奥行きのある映画となった。ナレーションのその一言一句に引きずられて心理の状況が嫌が応もなく平坦になっていたのが改善されたと思われる。

 このナレ−ションは最初から予定されたものではない。スニ−ク・プレビュ−において観客の反応を見た製作会社側からの要請である。脚本のD・ピ−プルズも監督のR・スコットもまったく気乗りしなかった代物である。ナレ−ションを担当したハリソン・フォ−ド自身、不承不承に声をあてたといわれる。彼はわざとそれが採用されないように気乗りしない声でナレ−ションを吹き込んだ、という。

 ディレクタ−ズ・カット版以外のすべてのバ−ジョンに共通する最後の雪山シ−ンだが、これもナレ−ション同様に製作サイドの要請でつけられたものである。作品の暗さから脱却を計っての付け足しであったが、ガラス張りの豪奢なビルの頂点に無理矢理に粗末なバラック小屋をのせて美観を一気に損ねたような代物であった。フィルムはスタンリー・キューブリックの「シャイニング」のために撮影されたものからの流用である。

 流用といえば、もう一つ。スピナ−のコクピット内のモニタ−に表示されるC.Gがあるが、これは「エイリアン」のノストロモ号のモニタ−と同一である。「エイリアン」からは効果音の一部も流用されている。

 流用に関しては、眼のいい人は気づいているだろう。バック・トゥ・ザ・ヒュ−チャ−3には、スピナ−が登場している。チラッと一瞬。

未来は今日の鏡

 あまたのSF映画が造られてきたけれど、とりわけ近未来を扱ったそれは概ねが駄作か失敗作であろうという事では皆さんも同一見解であろうと思う。タハハッと俯いて笑うか、プイッとそっぽ向いてしまうか程度の代物であった。それは脚本が悪いとかカメラの演出が不足しているとか特撮がどうのこうのといった次元のものではなく、未来が今とはまったく「隔絶」された姿で捉えられているという一事で共通していると思われる。未来とは結局は今の延長でしかないし、立脚点の今を押さえずして未来はないという当たり前の事象を忘れているから衝撃ならぬ笑劇と化すのである。

「ブレードランナー」はこの現実のリアリティを視野に置き、そこから葉を青々と茂らせた事で「未来の映像」を手元に手繰り寄せる事に成功した。スピナ−はその代表格。如何にも現実的である。そんじょそこいらに実在しているような気配がある。

 シド・ミ−ドはスピナ−の基本コンセプトをなす絵を4枚描いた。レ−ザ−・スピナ−と呼ばれるタイプのそれである。

 この4枚を元に模型と実車が製作された訳だが、スピナ−にパト・ランプを取り付けるよう指示したのは監督のリドリ−・スコット自身である。これに関しては、シド・ミ−ドは当初は随分と反撥したようだ。せっかくのデザインが台無しになると彼は考えた訳だ。結果は見ての通りである。後にシド・ミ−ド自身、このパト・ランプを大いに認める発言をしているが、その未来世界感はリドリ−・スコットとは大いに異なっているようだ。彼はあくまでも、希望を持ち、「明るい未来」を思い描いているようである。

撮影用実車

 映画のために製作された実車の数は夥しい量がある。

 スピナ−が3台、デッカ−ド・セダン、セバスチャン・バン、デッカ−ド・セダンと共通ボディのポリス・カ−、タクシ−、バス、小型ビ−グル、救急車・・ 総数は25台。いずれもが、ジ−ン・ウィンフィ−ルドの工房で製作された。工房といってもささやかなものではない。40名近いスタッフがいる車両専門の工房である。

 ジ−ン・ウィンフィ−ルドはかなり昔から映画のための車輌を製作するという業務に携わってきた。TVシリ−ズ「スタ−トレック」のその初代のガレリオ号が彼の作品である、といえば、判る人には判るだろうか。とにかくも、もう何十年も映画産業に携わっていた人物である。

 コンセプトに基づくまま製作されたフォルクスワ−ゲンのエンジンを搭載した撮影用スピナ−には当初はハンドルがなかった。コンソ−ルの左右にあるグロ−ブ状のグリップで操縦するようになっていた。けれど、これは実用的なものではない。工房から撮影所に渡された時点で、一台めの実可動するスピナ−は映画のスタッフにはコントロ−ルする事が出来ず、撮影もままならなかった・・

 ウィンフィ−ルドはやむなく、その水圧式の操縦装置を取り外し、ごくノ−マルなハンドル操作となるステアリング装置に変更した。未来的デザインのスピナ−にハンドルである! 幸い、これは画面には映っていない。映らないよう撮影時点で考慮されたのだ・・ 後年、この車は日本で一般公開されたが、大阪のエキスポランドで公開された時には、哀れ、このハンドルが装着されたままの展示であった。

 撮影後、多くの映画のプロップがそうであるように、契約に元づいて、車の多くは破棄された。現在残っているのはスピナ−が2台、デッカ−ドセダンが2台、ポリスセダンが1台だけ。合計5台の車のみが実在する。

 貴重な、いわば歴史的財産であるその内の1台は、実は我が国にある。我が国の某所に秘蔵されている。青い塗装のスピナ−そのものが・・・・ これに関しては、買わないかという話が一度あったのだけど、価格の面で妥当と思われず、お断りした経緯がある。提示されたのは2000ccクラスの国産の新車が買える価格であった。

映像美

 R.スコット監督は光の痕跡を描き出す事に腐心する映像作家である。スモ−クがたなびく部屋の送風機の、その回転するプロペラ越しに垣間見える淡い光の線の乱舞。あるいは、水道栓からこぼれ出る水の軌跡の、その形なきものの陰影のきらめきと不穏、それに伴う暗示・・ そんな光景を作り出すのがやたらと上手な人である。

 ブレ−ドランナ−で例をあげると、セバスチャンの高層アパ−トにおける屋上付近でのロイとデッカ−ドの対決シ−ンにそれは見られる。ブラスタ−・ガンを構えて極度の緊張を強いられて息を秘めているデッカ−ドとその傍らで壁から泌みるようにこぼれている水道水の流れ・・ その静と動の対比の彩は深山の清水の冷たさと豊穣を見るかのようである。静かだが激的な躍動に満ちている。

 モデル・カ−ズ本文では、この辺りの事情をただの一語「夜のレンブラント」とだけ書いた。

 レンブラントの幾多の絵画と同様な卓越した技巧と思考がR・スコットのその画面にはちりばめられている。拮抗した光と影が綾なすその静謐な画面には、爆発めいたエネルギ−の放散が次の一瞬にでも来るのではないかという不穏な予感が秘められている。その予感を甘美な期待と感じた一瞬、映画は手の中で溶けていく。それは凍る程に恐く、妖しいばかりに美しい。