チョコレート工場の秘密
 ある年齢に達すると、「童話」をまともに読めないようなトコロがある。
 本を開くと、大きな活字に大きなルビがうたれた文字が並び、本そのものがコチラを拒否しているようなトコロがある。
 低年齢者を対象にしてるんだぞ、っと云わんばかりの装幀にコチラがタジタジッと硬化するようなトコロもある。
 全ての童話がそうだとはいわないし、全ての童話を読み干す気分も皆無だけれど、妙に年齢を限ったような匂いのある本に出くわし、とりわけ、それを読もうかと思っていた時などは、ちょっとガックリする。
 もっとも、年に1冊か2年に1冊ほどにしか童話に接しないから、これは苦渋というホドのもんでもない。書店でパラパラとめくりつつ苦笑する程度の、ちょっとくすぐられるような、その程度のナンギである。
 ロアルド・ダールを童話作家という範疇にとどめおくかどうかはともかくとして・・ 氏の著作を紀伊国屋のBookWebで調べてみると、我が国では現在59冊が発行されているコトが判る。
 冷ややかで、辛辣で、それでいて可笑しく、それでいて透明で、なおもって人を愉しませる・・ ロアルド・ダールはそんな短編の書き手としては極めて希有な作家ではにゃかろ〜かと、私は思っている。
 BookWebに登録された59冊のその大半は絶版ないしは品切れなのだが、「キス・キス」を筆頭に、「単独飛行」や「王女マメーリア」や「マチルダはちいさな大天才」や「魔女がいっぱい」やらやら、読んで損のない力作が揃っている。
「チョコレート工場の秘密」は、そんな多数の作品群の中でイチバン好きな作品である。
 評論社刊行のこの本の体裁は、まずまず許容範囲にある(良くはないけど)・・ 帯に、『小学3、4年以上』とデカデカと書かれているのは気にいらないが、田村隆一の訳となれば、大きな安心を買ったようなもんだ。
↑ オリジナル版の挿画
「チョコレート工場の秘密」
 原題は、「CHARLIE AND THE CHOCOLATE FACTORY」
 貧しいが心正しいバケット家の、長男チャーリーが主人公である。
 たった6ペンスのチョコレートを年にただの一度、誕生日に買ってもらえるだけの痛切な貧しさに生きる子である。
 彼の住む街には世界最大のチョコレート・メーカーの工場がある。
 ウィリー・ワンカのチョコレート・ファクトリー。
 徹底的に美味しいが、徹底的に秘密主義のワンカのチョコレート工場。
 そのワンカ氏が発行した5人の子供だけを対象にした「工場招待券」がもたらした波紋と、その工場内の驚くべき実体。
 はたして、そして、チャーリーは………
 ってな内容の面白いストーリーなのだけれど、一読し……
 これはハマッタ。
 なによりも、超絶的に魅力的なのがウィリー・ワンカ氏だ。
 大きな謎を内に秘めさせるも、皮肉の色を帯びたユーモアとタップリの自信とが古い大きな木の幹のような安心感に連なって、途方もない魅力がコチラにチワチワと伝わってくる。
 なんだかとてつもない人物とチャーリーは遭遇しているぞ、さぁ、どうなるんだ・・ ってなワクワクしちゃう感触がトーストの上のバターみたいにトロ〜リ溶けてきちゃってページをめくるのがホント楽しい・・ 童話なのだな、コレが \(^0^)/
 
 固有名詞を楽しめるのも童話の特性としてあげられるだろうけど、「チョコレート工場の秘密」はその好例でもあろう。
 ウンパ・ルンパ
 ドゥンパディ・ディ
 ワンカ
 ワルタ
 バイオレット
 マイク・テービー
 響きがいいリズムのある軽やかさを伴いつつも、それぞれがピンと立った良好な語感を呈して清々しい。
「ウンパ・ルンパ」と声に出した途端に、童話世界に同化するような嬉しい感触が湧いてくる。
 童話というのはソレを面白く読めるかそうでないか、こちらのコンディションや気持ちの状態が影響されるようなトコロもあり、これがピタリと符合すると、乾いた砂に水がスーッとしみ込んでいくような浸透性の高い涼やかな良好を得るコトが出来る。
「チョコレート工場の秘密」とは、そんなコチラの状態と符合した幸福な時期の出会いであったと思われる。
 哀しいコトに大人になればなる程に体表に皮膜が出来てくる。幼児的なモノを受けつけまいとするような、意固地な、硬質な皮膜である。
 けれど、ささくれた老木ですら深部に生の柔らかい樹脂が活性しているように、皮膜下には渇望が依然としてある。
 この渇望の波の頂点と童話との出会いが符合すると、童心に帰るとか少年に戻るといった野暮ではなく、ページをめくるたびに本の字母が生き生きとうごめきだすような、ちょっと他のジャンルの本からは抽出出来ない『幸せ』が踊り出す。
 甘睡に溶けるような親和に満ち、本とコチラの合間に距離がなくなり・・ けっして少年には戻りはしないけれど、悪しき何かは消失する。
 ある種の色素を攪拌すると濁りが失せやがて透明になるようにだ。
 前記した固有名詞の中に「ワルタ」という名を入れているが、これは本には登場しない人の名である。
 ワルタは、映画「ウィリー・ワンカとチョコレート工場」に登場する気味悪い男の名前である。
(本項の写真はこの映画からの一コマだ)
 1971年製作のこのパラマウント映画は、ウィリー・ワンカ役にジーン・ワイルダーという真にピッタリの役者を配し、低予算の気配があるものの配役、脚本等がとてもチャーミングな、味わいの深い良作である。
 ロアルド・ダールの、冷ややかな、辛辣な、それでいて可笑しく、それでいて透明な、なおもって人を愉しませる・・ その特性を一切備えもち、なおかつ、ミュージカル仕立ての美味しい加味がなされた秀作である。
 オレンジ色をした小さなウンパ達がチョコレートの川のそばで歌い出すシーンは、幾度見ても楽しく、幾度聞いても飽きない。
Gene Wilder
 童話「チョコレート工場の秘密」と映画「ウィリー・ワンカとチョコレート工場」には、新鮮な風がいつも吹いてるような感触が、ある。
 人とモノとの関わりの、これは良く出来た寓話である。
 繰り返しの観賞にたえられ、陽を浴びた水面のようにキラキラ輝いていて、倦怠が生じない。
 それになにより・・ チョコレートが欲しくなる (^ム^)
 ただし、一粒でいい。けっして欲ばらないこと。
 これは教訓として。
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