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ありがとう。
誰もが、この一語は発っするし、一種の護符のように大手をふって、日常、全国津々浦々どこでも通用するアリガタイ常用句で、ある。
ジジババから幼少の者までが、この一語が感謝を意味するトコロのものであるコトを認識していらっしゃる。
漢字混じりに書けば、有り難う、となる。
有り難い、が転じて、そうなった。
なかなかあり得ない、というのが字句通りの意味。
まぁ、ここまでは、誰もが知っている。
されど、なかなかあり得ないがナゼに感謝となるかを、考える人は少ない・・
仏教に「難値難遭」という語が、ある。
人として生まれるのは難しく、人に生まれたとしてもさらに仏教に巡りあうのは難しい、といった意味である。
経文に書かれている、らしい・・。
経文というのは、お経だ。
これが日本に入ってきたのは、今からザッと1500年程前のコトで、当時の人は大きな衝撃を受ける。
当時を代表する人として聖徳太子がいる。
今は福沢諭吉に代わったけど、お札と化していたコトもある。当の御本人が、札になったるを知れば、きっと、怒ったに違いない・・
それは、マァいいとして、ともあれ、聖徳太子も経文を読んで、眼がテンになったり丸くなったり、ビックラこいたり感嘆してウヒョ〜なんて呻いたに違いない。
それほどに、仏教の経典というのは大きなモノだった。書かれた内容が凄かった・・ 今もって書店でよく売れるのは「How To モノ」だけど、経典はいわばハウ・トゥの元祖みたいなもんだった。古今東西今昔問わず、"如何にすれば…"に人は感心を寄せるようなのである。
日本最古の紙、なるものが現存する。
宮内庁にある。
聖徳太子直筆の経文の写しが、それ。
写真で見るに、その紙には見事な達筆でお経が書かれている。
その経文中に「難値難遭」が出てくる。
仏教の基本思想は、まずもって輪廻が前提となる。
輪廻というのは、もちろん、皆さん知っていようから詳細は省く。
こんにち山本よしふみであった者も、その死後、生まれ変わる時には、人として再生するやもしれないし、ヤギかもしれないし、猫であるやもしれぬ。場合によってはケツの紅い猿であるかもしれぬ・・ 人であったり犬であったりカバであったりと、このように生死が繰り返され転生するのを「さ迷い」と解釈するワケだ。
次に生まるる時、女であるならば、まぁ、それはそれで楽しいカモ、とも思ってしまうけれど、猿やら蛇に生まれ変わったら、そりゃ、イヤだわさ・・・ キミだって、ヤなはずだ。
そこで、この輪廻の永劫めいた不確定性のさ迷いから脱却しようと考える者が、でた。
輪廻を立ち切り、ヒョンなモノには再生しないぞ、さ迷わないぞ、という意志表明である。
意志を口にしたトコロでたいしたコトはないが、実際にそれを実のものとして体得すれば、自ず、説得力も増す。
もはや輪廻しないを体得し、輪廻の煩悩から解放された状態になるのを解脱(げだつ)という。
そのような至福の状況に簡易になれるハズがないのは、オームの連中をみれば、よく判る・・
釈迦は、その状態を得る。
その状態を得た最初の人であり、唯一の人であった・・ というコトでここに仏教なるものが成立する。
釈迦を尊び、その言葉に耳傾け、それを教えとして咀嚼する・・ 信仰で、ある。
ここで「難値難遭」が重い言葉として聖徳太子やらの上にのしかかる。
意味は上記した通りだが、ザックバランに書けば、その一語に、釈迦すなわち仏教への感謝の気分が上乗せになった。
「難値難遭」すなわち「なかなかに有り難い」が、仏教に出会い導かれるコトでそうでなくなるという意味で、釈迦への感謝の意味合いをなす気分が発生し、これを表現したいがための和文として「有り難い」が生じた。 感謝の気分を伝えるものとして「ありがたい」が生じて選択されたというコトは、だから、採用時の候補が他にもあったろうと推理出来るワケで、無論、この辺り半ばの自然発生としてではあろうけれど、「ありがたい」でなく「難値」でも「難遭」でもよかったとも考えられる。
複数の選択肢の中より「ありがたい」が用立てられたように、仮りにこれが直語のまま「難遭」を採用というコトならば・・ 今頃、私もアナタもまちがいなく、礼をのべるに、
「美智子ちゃん、どうもナング〜ね」
「本日は皆さん本当にナングウございました」
などと申していたろう、ね。
たぶん、感謝という気分は聖徳太子以前にもあったと、思う。
けれど、それを伝えるコトバはなかったよう、思われる。
今の奈良県辺りから発信された翻訳和文の「ありがとう」が、 体系化された概念を内包した説得力あるコトバとして津々浦々共通のものとなるには、それほどに時間はかからなかったよう、思う。
仏教の浸透と「ありがとう」は等速であったに違いなく、たぶん、この一語を拒む者は少なかったよう、思われる。人みな一様、仏教的気分を飲み込んだ途端、「ありがとう」は肉化されていったと、そう考える。
それはもう今以上に、 使って嬉しく、もらって嬉しい、非常に重宝なコトバであったと私は推測する。ギクシャクとギクシャクの合間にこの一語が置かれた事で潤滑油のように人と人の絆めいた感触がビックラこくホドに滑らかになったと、そう想像する。
ありがとう。
ありがたい。
ありがてぇ。
あっりがとしゃ〜〜ん。
これらアリガトウ・バリエーションを発する我らというのは、だから、云うなれば仏教の子であった。
日々毎日、町や村やそこいらで、無意識無自覚に、仏教への感謝で裏打ちされたコトバを発しているワケだ。
キミも私も。
無論、だからといって、アンタもワテも仏教徒かいや、というこっちゃない。
ここではただ、ありがとう、がピカピカに光っていた、そのスタート地点のコトに触れたまでだ。 |
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