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最近、私の知人にタコヤキばかりを喰ってる人がいる。
この人が、前回の「真夜中2時に肉を喰う」を読んだ上で当方に電話してき、
「実は・・」
とお申し出になった。
当方が金曜夜中に1人嬉色な饗宴に浸っておる頃、彼はタコヤキ喰って昂悦しておったという次第である。
こちらは金曜の夜にのみ怠惰な食の悦楽をむさぼっていた次第なれど、先方は、どうも、毎夜、タコヤキ求めて彼住まう市中を車で駆けっていたりもしてる、らしい・・・
スーパーに入れば冷凍パッケージのタコヤキを求め、道端にタコヤキ屋台あれば寄って一舟を求める、という次第で、朝となく昼となく夜となく、ひたすらに、たこ焼きのタコを、たこ焼きのヤキに触手を伸ばす日々。
明けてタコ、暮れてタコ、という按配であるらしい。
堂にいった執着っぷりである。
近年、この御仁はバイクにて事故おこし、ムロン、被害者としてではあるけれど、そのさいに、バイクのタンクである部分を痛打して、しばし通院したという哀しい事実があるのだが・・ さて、そのコトがタコヤキのあの丸っこいタマと関係しているのかどうかは聞き逃してしまったけど、ひょっとして・・ と思わぬでもない。
本人いわくの「ここ最近、もうタコヤキばっかりなんだ」の背景に、その痛打痛切な記憶がタコヤキのそれと如何な相関を持つかは、フロイト博士にさえ究明は難しいトコロである。
何ら関連のない、 タマタマというコトであろうけれど・・
この御仁が誰とはいわん。
ここで誰とばらしてしまえば、柳美里がごとくプライバシー侵害というコトと化し、法廷にてのタマの投げ合いという次第となるやもしれずで、事実、柳の場合、彼女が如何に抗弁しようと過度は拭えぬワケで、ゆえに当方も、そういった事態は極力にさけたいのである。
それゆえ、本文をお読みになっている方の近親に最近バイクの事故でタマうったという人が仮りにあったとしても、貴女や貴方は、ぁ、彼のコトか! とはけっして思わないでいただきたい。その方がコッソリと日々毎夜、ビールグビリ、タコヤキパクリしちゃってるとは思わないでいただきたい。きっと、それは他人のソラニ、お隣のソラマメなのであって、該当と思われる人物があったにせよ、貴女や貴方はけっして彼にタコヤキの件を告げないでいただきたい。
ギネスブックには記録的事態として、昭和40年代初めに生じた日本での事例が掲載されている。それによれば、某女子高校生は某日にヤキイモを買ったが、それを恋慕な思い寄せていたクラスの某男子高校生に目撃され、ショックのあまり、自宅に帰るや、首吊って死んじゃったという。
同様な事が起きる確率は皆無なれど、それでも、マ、ひょっとしてというコトもある。クレグレも御用心御用心。
タコヤキか・・
そういえば、私は今年になってまだ一度もタコヤキを喰ってない。
ムロン、嫌いではない。
いまだタコヤキが嫌いだという人物を私は知らない。
どんな男も、どんな女も、彼ら彼女らが相当な偏食家であったとしても総じて、タコヤキは皆な、モクモクハグハグ、口に運んだと記憶する。
私、という個人史をヒモといてタコヤキとの最初の遭遇を思い起こしてみる・・・
場所は津山。
私は小学生。3年生か4年生。
記憶の最奥にあるタコヤキは、運動会の屋台だ・・。
あの当時、学校の運動会には屋台が出た。
運動会は日曜にある。祭と同じく地域にとっての大きなイベントが運動会だ。だから、人がいっぱい来る。
当時はまだグランドという呼称は一般になく、小中高いずれもそこは運動場と呼ばれていた時代である。その運動場を囲って、各地域町内の名札が掲げられ、ゴザが敷かれ、家族揃って巻きずしのお弁当という按配な大社交場ケン行楽ケン観戦という按配であったから、屋台も出る。
かき氷、タコ焼き、タイ焼き、イカ焼き、ニッケの貝殻、甘栗、アイスキャンディ、オモチャ・・ 多数の屋台が道端に並んでニギヤカさに輪がかかる。
小学生の私が出向いたのは中学校の運動会である。
西中学校という。
これが今もある学校かどうかは知らないけれど、当時、その校舎は高台にあり、その眼下に広い運動場が広がっていた。
運動会そのものに興味があるワケではない。小学生の私の目当てはただもう屋台だけだった。
いつもは殺風景なだだっ広い空間である運動場に幾重もテントがはられ、人が集い、スピーカーから行進曲が流れ、歓声や嬌声が上がって、祭のそれ同様な日常でない一日に、子供の私はワクワクさせられる。
そのワクワクの放射点が居並んぶ屋台だった。
小遣いは限られている。
100円か200円かを、握っているに過ぎない。
その100円か200円かをこの「マツリ」に如何に使うかが、子供の私の重要時だった。
何度も何度も何度もアレコレの店の前を歩き、何を買うか、悩みに悩んだものだった。
タコヤキはその候補の一本である。
屋台の周辺に漂うあの焼けたソースの匂いと、屋台のおじさんだかおばさんのタマをひっくり返す手際の良さには、魔力みたいな魅惑があった・・ チュッ、チュッ、チュッ、と白い液が無数に並んだ黒い丸のくぼみに流され、そこに猛即でタコの砕片が放り込まれ、ついで、針の鋭さを持った金属の小棒でタマが次々に反転されていくのを見ると、欲望が刺激に刺激されて・・ 欲しくてたまらない衝動が込み上がる。
なにしろ地域の「マツリ」でもあるから、小学校の仲間もいっぱい来ていて、屋台の前を右往左往していると次々に彼らに出会うというコトになる。
何を買った、何を喰った・・ そういうコトを言いあい、また散って行くのであるが、学校の友達が次々に、銘々が何かを決め何かを求めたと判ってくるに連れて・・ ちょっと焦るような気分になる。
小学3年だか4年生の私には、タコヤキはノドから手が出ちゃうホドに欲しかったけど、喰えば終り、という感触があった。
早々に食い物を決め、それを平らげてしまった友達らが、むろん、もはや小遣いはないワケで、それでもモノ欲しげに屋台の前をウロウロしてるのを見ると、余計に、食い物ではダメだという気分になって・・
結局、私は、オモチャの屋台で、橋幸夫のブロマイドの横にぶら下がっていた十字架のペンダントを買った。
100円だったか200円だったか、値段はもう忘れたけど、メッキのキラキラした十字架で、金色の鎖がついていた。
その時、その十字架がどうしても欲しかったという次第ではなかったように思う。ただ、タコヤキ買ったなら食べてしまえばもうお終いなんだ、というはかなげな感触が、幼い私をして、硬質な金属なカケラを買わせた理由の最たるものではなかったかと・・ 今は思い起こしたりできる。
私はタコヤキを買わなかった・・・
これが、私史の最初のタコヤキ、だ。
マ、この辺り、昨今の小学生事情とはあまりに違うけど、ともあれ、私が小学生の頃は、そんなビンボな次第が私だけでなく、どいつにもこいつにも概ね、均等に、あったんだ。
タコヤキは熱い方がイイ。
デキタテに近い方がイイ。
表面はさほど熱くなくてよい。
いっそ、パリリと乾いた感触があってよい。
けれど、中は熱くなくちゃイケナイ。
オッ!
あるいは、
ウッ!
思わず、そんな呻きが洩れるくらいに熱いのが好ましい。
その熱さが、ハフハフ・・ 口の中で転がされつつ徐々に沈静し、舌が焼けぬ程度の頃合に、ゆったり噛んで味わうのが、イイ。
中身は溶ろけているのが、イイ。
熱く溶ろけた中に、大きめなタコの切り身が鎮座しているのがイイ。
無論、タコは肉が豊かなものが良く、むっちりとして厚く、そのくせ、柔らかな感触があるものが好ましい。
電話で、我が友は上記のようなタコヤキを良質な特上と位置付けた。
うん。
同意。
焼けたソースにマヨネーズが、むろん、これに加わるワケだ。
マヨネーズを好まぬ人もあるけれど、タコヤキにマヨネーズは好きだ。
しいて言えば、さらに、カツオだ。
カツオブシを熱いタコヤキにふりかけたならば、必ず、カツオは踊る。
この踊りを眼で楽しみつつ、一ケ、口に入れて、ァチチ、ハフ、ハフハフ・・・
こうでなくっちゃいけない。 |
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