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| (C)杉浦茂 「猿飛佐助」より | |||||
| 「いけね、コロッケ踏んじゃった」 奇天烈な、それでいて永遠性のある名句にも似たこのセリフを知ったのは小学生の時だから、もう・・ 何十年も前というコトになる。 書けば、何でもない一節なれど、杉浦茂のマンガに登場した途端、コトバは文房具箱から飛びだして卓上で踊りだす。 踊りだすと見紛うホドに、コマのセリフが躍動する・・・・ 杉浦茂は私の中で大きな位置を占めるマンガ家だった。 その全著作を読破したというワケではないけれど、大好きな作家という範疇に常に不動として入れておいた人であった。 「杉浦ワールド」というしか手がない、ハチャでメチャで、懐かしく、かつ絶えず新鮮である、このマンガ家の作品は、 徹底して乾いた、それでいて無味乾燥という次第でなく、深淵をアチャコチャに滲ませつつも本質として恒久として明るく、SUGIURAの前に類似なく、SUGIURAの後に近似なしという独創の独走でもって、終始、私を楽しませてくれた。 「猿飛佐助」あたりに見られる、歴史性、国民性、現実性、史実性、時として物語性さえも、一切無視の飛翔っぷりのアッパレはその徹底がゆえに、いっそ抽象といってよい領域を垣間見るようで、フイに眼前にでかい原色の花が咲いたような感触をおぼえさせられて、読むたび、眺めるたび、温もりのある親和を味わうコトができた。 コトバの奔放、絵の自在・・ 硬いが透明でカラフルでカドのないビー玉のような、必ず数個はポケットに忍ばせたいと思うような、小さな宝石めいた魅力に杉浦マンガは満ちていた。 「猿飛佐助」 「少年児雷也」 「ミフネ」 何冊かの著作は今も我がベッドの横にあり、およそ苦悶とか苦渋といった概念が存在しないような底抜けに元気ハツラツな登場人物達を眺めては、コマの一枚一枚にある喜色を楽しませてもらった。 杉浦マンガは、秩序を崩壊させつつ膨張し、けれども、破壊されつつも整然としたような、宇宙が膨張するようなトコロに通ずる妙味があり、そこに生じる奔放、爛漫、爽快や愉快が楽しく、一方で、濾過されてしたたった一滴の何物かの抽出物のような稀少な気配もまた濃厚にあって、とどのつまり、SUGIURA・SHIGERUという名のキャラメル色の風船玉の中にマンマと閉じこめられたというコトに気づいたりもさせられるのだが・・ ともかくも、その独自性は比類がないと、読むたびに感嘆させられ続けてきた。 風雅であり、高雅であり、妙雅であって、しかも、虚空に向けて唯一人一点ランプを灯しているような、毅然として背筋が伸びた感触もあって、ギャグマンガの草分け、といった陳腐な分類からは大きくはみ出していると常々に思ってきた・・ それが盛んに受けるとか受けないといったコトでなく、その質において杉浦マンガはやはり特異であり上質である、高品位である、とここでは申したい。 今、数多のマンガは立ち読みで充分のただの消費材に過ぎないけれど、 杉浦マンガは、書店の店頭で済ませるホドの代物では、ない。 『愛蔵・愛書』に価するマンガ本は多くはないが、杉浦マンガは、我が愛蔵であり愛書の地位を保持して今にいたる。 中編「モヒカン族の最後」は、繰り返し読んで未だ飽きが生じない傑作と信じて疑わない。 筒井康隆は杉浦作品をシュールの極みと称賛するけれど、そのシュールという一語が既にカビ臭いモノにと変じて陳腐な感触があるのに対し、杉浦作品は批評のコトバを越えた高所でいまだピカピカと明滅を繰り返している・・・・・・・・・・ その杉浦氏が亡くなった。 享年92歳。 フアンの一人として、つくづく残念に思う。 新作をもはや読めぬ事態を、悲しむ。 杉浦マンガの根底にある慈(いつく)しみを前面に持ち出して申せば、惜しい仁者をなくした、という思いにいたる・・・・・。 幕はおり、円は閉じられた。 |
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