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岡山市と津山市を結ぶ国道53号線の、その津山寄りのある所に、お城がある。
小さなものだ。
お城といってもホンモノでなく、ドライブイン。
レストランである。
レストランというより、食堂に近かった。
であった、と書く通り、今は営業していない。
30年以上前に、目立つ建物だし、儲かるやもと、この食堂は築かれたようである。
5〜6台分の駐車場とありきたりのコンクリの平屋。その平屋の上にのっかるカタチで、ミニチュアな、それでもナカナカしっかりした城が築かれた。
スケールにみあった石垣もあり、堅牢そうである。
国道沿いゆえ、数ヶ月は繁盛したようである。30年前の国道沿いにはそう多くの店はない。
けれど、そこまで。
味が悪いか、立地が悪いか、客足遠退き、数年も経たぬ内、営業は休止され、再開されぬまま廃屋になった。
それから10年、20年、30年が過ぎたけど、新たな買い手もつかないのか、城は放置されたまま今に到る。
徐々に時間が浸透し、雨風に晒されるまま、埃と塵にまみれ、壁は黄ばみを越して茶褐色になり、茶褐色から灰色となり、蔦がからみ、蔦が枯れ、干からびた静脈のような細い筋が、蔦ともヒビ割れともつかぬ按配で幾重にも走っている。本瓦も次第に、ずれ、崩れ、いまだ瓦屋根のカタチをとどめるものの、次にいつ崩壊してもおかしくはないといった風情である。
なにしろ国道沿いゆえ、日々歳々、人前にその姿を晒け出し、そこを通過する車の中では、きまって、哄笑とも侮罵ともとれぬ笑いがあがる。
けれど、この崩壊直前といった姿がなかなかに、イイのである。
夜、車の往来がたえた折りなど、背景のもの寂しい山のシルエットと共に、強者どもが夢の後といった鬼気色の濃い寂寥が現出するのである・・
捨てられ、放置されたコトで、この城は歳月の経年を武器に自己主張しているようにも、思える。
凄味、といってもよい。
確か10年程前には、この凄味は生じていなかったよう思える。 コトここに到って主張としての凄味を開始したという気配である。壁、瓦、木枠・・ それらカタチが倦怠を蔓延させた諦めの只中、土に戻る前の最後の最後として、声を絞っているよう見受けられる。
それは己が身の不遇を呪い嘆くようでもあり、同時、ゴルゴダの丘にて磔刑の十字に結わえられた人のように、静かながらも凛とした気配でもって、カタチあるモノ一切いずれこのようになるんだぞ、身をもって、予見と卓見を開示しているようにも、みえる。
この城がかなり精緻に、かなり堅牢に作られたコトはまちがいない。むしろ、安物なデッチ上げではない・・ けれど、たぶん、おそらく、ながい放置で内部は雨漏りに濡れ、腐れ、カビて、朽ちているに違いない。外のカタチはまだカタチをなすものの、崩壊は内部で急速に進んでいるよう思われる。
おそらく、あと数年とは持つまい。もう10年は耐えても、20年は無理だろう・・
その時にはさすがの持ち主も何らかの手立てを講じるに違いない。撤去して、ただコンクリを敷いた更地へと戻すに違いない。
こうして城は完全に失せる。
朽ちゆくだけの歴史しか持たぬ城は、やがて、街路のポスターが 日光に晒され続けて文字も絵も判然としなくなるように、人の記憶の中で朦朧となり、しばらくは風聞として残りはしても、在ったコトそれ自体が霧のように拡散して消え失せる。
マ、そんなもんなんだろう、ネ。
我々も。 |
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