パッケージ
  最近、「いいちこ」を飲むコトが多い。
 オンザロックで飲む。
 噂には聞いていたが、噂の通り、焼酎は二日酔いがない。
 まったくないワケではないのだろうけど、夜明け近くまで飲んだ挙げ句に定時に起きだしても、さほどの難渋がない。
 ビールやウイスキーや日本酒で、夜明け近くまでこれをやると、きまって、二日酔いっぽい、ぁぁ、この次こそは深酒はやめようネといった悔恨なくしては語れない脱力感やらムカツキやら胃の不快やらを浴びせられるのだけど、焼酎は、奇妙にそれがない。
 寝不足による倦怠はあっても、アルコールによる悲壮がさほどない。
 その昔、故井伏鱒二氏があの大きな丸い顔の中の小さな口でもって、
「あれは夾雑物がないからイイんだ」
 と申されたが、まさにそうだった。

 ながく、焼酎は強い酒というイメージが払拭できず、なにより特有の香りが好みでなかったから、敬遠していたのだけれど、昨年の某日、知友より一本を頂戴し、まぁ、試しにとばかりに飲んでみたのがコトのはじまりだった・・。
 刺さるようなトコロがない。
 突っかかるようなトコロもない。
 素直な純朴さでもって喉を通って胃におちる。
 ある種の酒はこちらの舌にケンカを仕向けるようなトコロがあるけれど、「いいちこ」にそれはない。
 良い。
 という次第で、今は「いいちこ」を飲む。
 大分県は宇佐市の三和酒類という会社のブランド。
 むぎ焼酎。
 売られているものには幾つか種類がある。
 中身は一種だけれどもパッケージがアレコレとある。
 私が買うのは720ml入りのスリガラスの容器のものだけど、それ以外の容器のモノはちょっと買う気になれない。
 720ml入りのボトル以外のものには、「下町のナポレオン」と書いてある。
 こういうフレーズは苦手である。
 苦手というより、嫌いである。
 この岡山でも、例えば、牛窓というなかなかの光景を呈した湾岸地帯があるのだけど、ここのキャッチ・フレーズが「瀬戸内のエーゲ海」だ。
 ヨーロッパ方面のそんな固有にあやかろうという気分がおよそ私には計れない・・・
 そんな定冠をつけた時点で、例えばナポレオン、例えばエーゲ海に、二度と敵わぬというコトを自ら宣言するようなもんじゃないかね、と思う傾向が強い。
 ナポレオンもエーゲ海も、それらを大いに称えはしても結果として自身たる「いいちこ」や「牛窓」は貶めているというコトにトンと気づいていない鈍感が、私は好きでない。
 で、「下町のナポレオン」だが・・ 
 なんやねん、それは!? と眉間にシワ寄せて不平を言わせていただく。
 下町も、ナポレオンも、フレーズごと消していただきたいと切望する。
 そんなモンはいらんです。
「いいちこ」はただ「いいちこ」と書いておけばよろしい。
 自信を持ってドッシリかまえ、御自身が王様であるコトを自覚されたがよろしい。
 あれこれの焼酎類を飲み較べたワケではないけれど、強く、そう思いますな。
 卑賤(ひせん)でもって身を売るなと言うときましょう。
 最近、知人が送ってくれたモノがある。
 上の写真を一瞥したアナタは、咄嗟にハミガキのチューブを連想されたハズである。
 どう転がしてみても、朝な夕なに御使用のおなじみの練りハミガキのチューブとしか映らないのだけれど、中身は食料品である。
 いわゆるイミテーション・キャビア。
 チョウザメではムロンなく、これはマダラの卵を使用した「キャビア」だ。
 ゆえに紅色。ゆえにイミテーション。
 日本のウニの、それも安物のアルコール漬けのもの同様、練ってある。
 練ってチューブに入れたものが本製品である。
 ノルウエー産。
 酒の肴にピッタリの辛味のある味で、好ましい。
          (^.^)
 されど、このパッケージの、冷淡なまでのアートはどうだろう・・
 およそ食を連想するものがないパッケージである。
 北川君という若い友は、このチューブをみた途端、造型用の研磨材の新製品かポリパテの新手かとマジで思ったらしい・・・

 パッケージの裏側にはアラビア文字が並んでいて、コレがノルウエーから中近東方面への輸出物なのであろうと察しがつく。
 焼き立てのトーストかクラッカーの上にこのイミテーション・キャビアをのせて頬張ると、辛味の風合いが酒を呼ぶようなトコロがあって、ついついグラスを傾ける間合いが短くなる。
 すなわち、お酒がすすむという次第だけど、白い清廉な気配のパッケージを眺めつつ、気分を中近東方面へと運んでみると、この日本においては不釣り合いだけれども、なんとなく、このパッケージは正しいのではなかろうかと思ったりもする。
 乾ききった、炎暑の、雨のない、そんな地域で暮らすと、どういった食生活が好まれるかしらとフッと想像するのである。
 熱暑の渦中にあっての一握りの塩は生物にとって貴重であるらしいし、事実、それはその通りであって、同時にまた、その塩の加減ゆえに味覚が緊まるというコトも私らは体験済みである。
 しかも、その辛さには不思議な清涼があるというコトも、多くの方は、いつか、かつて、どこかで、知覚したハズである。
 このコトは東洋であれ西欧であれ同じ現象だろうから、アラブの炎暑にもまた、一握りの塩あるいは塩味というのは稀少かつ貴重な清涼が背景にあると見てマチガイなく、そのコトに思いをはせると、このハミガキのチューブがごとき色合いの「中近東事情」が窺えるようで、ちょっと、この辺り、面白いなと思ったワケだ。
 キャビアに清涼とは私どもは思いもしないし、その感覚もないけれど、イラクやイランやあるいはエジプト辺りでは、この白いチューブに食をそそられるというコトがあるのではなかろうかと、思ったりもしたワケだ。
 推量ゆえ確かなコトではないけれど、白と水色の図柄でもっての輸出には相応の訳があるのだろう。
 な、ワケだから・・ この場合、何やねん、このパッケージはと、ブーたれたりマユしかめたりは出来ないという薄っすらとした感触を得て、トコロ変われば感じ方も違うんであろうなという事柄をチックリお勉強させられた次第。
 中東においては、この白いチューブは極めて秀逸なデザインとしての力を持ってるんではないのかな、と思わさせられた次第。
 いかんせんアラブ文字は読めないので、何が書かれているかは判らないのだけど、少なくとも、「下町のナポレオン」といった哀しいフレーズは書かれていないと予測するのだ。
ナビスコのプレミアムクラッカーはご覧の通り、パッケージの相性がよい。
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