入浴時間に異変アリ
 5月から自転車で通勤するようになって、早や、5ヶ月になる。
 雨にも負けず風にも負けず日光にも負けず・・ といいたいトコロだが、雨降れば難儀するし、風吹けばペダルは重い。まして、夏の直射はメチャンコ身にこたえる・・・
 帰宅すると汗ビッショリである。
 そのため、帰宅するやバスルームに直行とあいなった。
 毎日、そうなった。
 5月までは、入浴といえば、深夜というふうに決まっていて、2時だか3時だか時に早朝の4時頃にシャワーを使っていたワケだけれど、いざ自転車に乗りだすや、降車時の汗が大変である。
 それでサッサと入浴する、というふうに生活の一部が切り替わった。
 Tシャツもパンツもビションコに濡れちゃっているので、これをサッサと脱いで、シャワーを浴びる次第。
 ややぬるめの温湯を頭からかぶる。
 かなり爽快である。
 で、その後・・ なにしろ、帰宅するやいなやバスルームに直行であるから、着替えなどが脱衣場にあろうハズもないので、タオル2枚を手に、素っ裸で階上へと上がるのである。
 着替えの品々は2階にあるのだ。
 だけども風呂上がりのしっとり肌という前に、我が肌は、風呂上がりの汗を今度はかき出しているから、始末に悪い。
 そこで・・ 着替えを取り出すけれど、それ穿かない、まだ着けない、という格好で、すなわち丸裸のままで、手にTシャツとトランクスを持ち、冷蔵庫からビールを取り出して、また階下へと下りちゃうのである。
 で、自室のいつもの椅子に、スッポンポンのままに座って、やっと一息入れるのである。
 この時、2枚の、手にしていたタオルの一枚が用立てられる。
 椅子にタオルを敷いちゃうのだ。
 かわいく桃割れた我がお尻も汗をかいているので、椅子にそのまま座るワケにもいかないのだ。そこでタオルが必要なワケ。
 もう一枚のタオルは・・ ただ一人のくつろぎとはいえ、一応の身だしなみのつもりで、無花果の葉であるな、あらぬ部分をソッと覆うために用いられる。

 まぁ、そんな格好で帰宅の少時を過すようになった次第だが、スッポンポンで部屋と部屋を移動したり、階段を上がったり下りたりするのは、なかなかにオモチロイと思ったりもスルんだ。
 東京在住の我が友は、時に、台所に素っ裸で立ち、ゴハンの支度なんぞをやったコトありと申すのだが、フムフム、それはなかなかに爽快で、かつ非日常的でチョイといいなぁ・・・ と同輩の愉快を追想してもみる。
 テンプラなんかを揚げるには、素っ裸はいささか熱い眼を見るようでオッカナイけど、キューリの皮をむいたり、ラーメンなんぞを作るには、素っ裸も、イイんでないかい、と北叟笑むのだ。
 哀しい程におかしい構図なれど、亜紀ちゃん、洋子ちゃん、めぐみさん、君代さん・・ 誰も見ちゃいないんだから、イイじゃないか、そんな格好でも。

 衣類のない格好で日常を、室内の日常をこなそうとすると、なかなかに危なっかしい局面が多々あるというコトにも気づかさせられるし、文字通り、裸の自分を眺めるワケであるから、アレコレと感慨もある・・
 多くの男性諸氏は、その姿を愛しいとか陶酔っぽい眼では、きっと眺めるコトが出来ないとも思う・・
 どこか失望の色がにじむ啾啾としたような眼で自身を眺めるのだと・・ 思う。
 口に秋と書いて、「しゅう」と読む。2つ並べて、しゅうしゅう、と発音し、愁いて泣くような様をいう。

 ともあれ、入浴時間が変わり、生活に変化が出た。
 変化は直きに恒常となるのが常だから、帰宅・即・入浴・暫し全裸でブラブラ、も我がコトとしては違和のない平常というコトに次第になるのだろうけれど、丸裸でグビリと飲むビールの旨さというのは格別だ。
 何やら、大いに解放されちゃったぞ、ってな感じが、清濁併せて肉体的にも精神的にもシミジミと体感されて、ちょっとした、束の間の、微々たれど、されど極致的な、爽快としか云いようもない性質の痺れを知らされるのだ。

 おっと・・ 腰のタオルが落ちちゃった。
 そんなワケやから、そこの君も、今夜か明日、風呂上がりの丸裸で家の中を徘徊してみなはれ。
 ちょっと違った何かが見えますゾ。
 (下半身を云うてるんではないよ)
 いや、ホントに。
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