懐かしい切手達
  今時の少年少女はトレィーディング・カードに熱中だが、私が小学生の頃には、収集の王者といえば切手だった。
 街の大きな本屋には切手のコーナーがあり、ストックブックだのピンセットだのが売られていた。
 ピンセットというのは先が平たくなった切手専用の器具で、けっして直接に切手に触れないというのが、当時のマニアの心意気というか鉄則だったのだ・・
 毎年一度発行される「日本切手型録」は、一般マニアはおろか小学生切手愛好者にとって唯一最大のバイブルだった。
 一枚一枚の切手に対してその年における相場が記入されているもんだから、その金額を眺めては溜息やら吐息やら感嘆やらを洩らすというアンバイであった。
 私が今ここに書いているのは1960年代半ばの話である。
 本コーナーの読者の多くはその頃に生まれたと想像するけど、ともかく、諸君がオンギャーオンギャーと泣いたり、お母さんのオッパイに吸いついていた頃に、筆者は小学4年か5年生という年齢で、趣味として切手を集めていたのである・・
1964年の沖縄はまだ「別国」だった。ご覧の通り、「琉球郵便」という切手で、額面は米国ドル・・ だ。
  趣味というものが今のように多様化していないから、多くの小学生、中学生、高校生、大人・・ 皆さん、切手を集めていたのである。
 記念切手の発売日には、今からは想像出来ないだろうけど、郵便局には長蛇といっていいホドに人が並び、切手を買い求めていたのである。記念切手は月に2〜3度の割りで発行され、それも「国立公園」とか「国定公園」とか「オリンピック」とか「日本の花」とか「日本の祭」とか・・ シリーズで出てくるから、シリーズはシリーズとして全部集めねばならない・・
 当時の切手は5円か10円だ。
 今も手元にある当時のストックブックを開くと、穏やかで温ったかい懐かしさが湯のように染み出して来て、せつないような感傷に浸るコトが出来るシロモノなれど・・ 切手の額面は、5円、10円が主流である。
 額面10円であるなら10円で買えるワケだけど、なにしろ毎月の小遣いが300円だった時代の子供であるから、10円とはいえ、デカイのである。
 今もよく覚えている。
 1964年。
 東京オリンピックの年だ。
 記念切手が次々と出た。
 次々と出るのはマニアとして嬉しい限りなのだが、収入が300円でしかない小学生なのである、私は。
 最初に出たのが、「オリンピック東京大会にちなむ寄付金つき郵便切手」というヤツだ。
 小さなシートになっていて、3枚の切手が綴られているんだ。
 一枚の切手の額面は5円だけど寄付金が5円上乗せされている。
 これが3枚綴りになっているから30円だ・・・・
 これが数種類、短期間の内にゾクゾク発売されたワケ。
 1シート30円。
 4種を求めると120円が必要だ。
 発売日、学校へ行く前に郵便局に行く。
 郵便局は8時に開く(当時)。
 学校は8時30分からだから、局に行く時間はあるのだ。
 局には人がいっぱい並んでいて、ムロンこれは、オリンピック記念切手を買うために並んでいるんだよ。
 同じクラスの連中も顔もある。
 将来、このオリンピック切手は値打ちが出るとも言われているから、切手を集めていない人も並んだようである。
(オリンピックという祭典そのものがマァ大きな大きなイベントでもあったワケだしね)
 で、発売時間になって窓口の白いカーテンが開いて、並んでた人が順次、買い求めていくワケだけど、大人は、皆な、10シートとか20シートとか、買い求めるんだね。
 列の後方に並んでいる私の前を、買った人達が帰って行くのだけど、その手には皆な、複数のシートがあるんだ・・・
 強烈なホドの羨望だったな、それは。
 300円の手元資金を分配活用せざるをえない少年である私は、30円のシートはとてものコト求められなかったのだ。
 窓口で、既に数日前から悩みに悩んだ末に決定していた図柄のモノを、
「バレーボールの絵のもの、ください。一枚」
 10円を差し出し、バラ売りしてもらうのがやっとであった。
 それでもまぁ、ただの1枚とはいえ、ともかくも、話題沸騰のオリンピック切手を入手したのは嬉しいワイ。
 自分のストックブックの中で一等キラキラ光るような、宝みたいな感じであったから、ソッとピンセットでつまんでは、くり返し眺めて眼を細め、小さな悦楽にひたったもんだわさ。
 だから、今のボーイズが各種カードをセッセと集めているのを見たり聞いたりすると、本質の部分において「収集」ってのは変わらないねぇ、とニヤリ笑ってしまうのだった。
 収集というのは継続というコトでもあって、その持続次第で深度は深まりもするし浅くもなる。
 私の切手収集は小学4年にはじまり中学1年の半ばで終わったけど、もし、今尚それを続けていたとしたら・・ とてつもないコレクションになっていたろうとは思う。
 ただ枚数を誇るような性質のものでなく、それだけの長期、切手に親しめば、おそらくは、切手を通して世界を見聞きするような、あるいは、切手を介して世界を語るような人物になっていたかもしれんなぁ、と可能性としての自分を考えたりも出来る。
 いかんせん、そうはならず・・ 興味を失った途端、切手の魅力も失せてしまった。
 切手が無用のモノと化したばかりか、こんなモンよく集めたなぁ、なんて呆れたりもした。
 切手に代わり、興味の対象となったのは、例えばコミックスであり、例えば音楽であったりした。
 私が中学生の頃に、秋田書店がマンガを単行本化させ始めていた。
「サイボーグ009」や川崎某の「死神博士」なんかを、秋田書店に手紙で注文したりした。
 代金として、切手を同封して。
 その切手というのが、今まで集めてきた記念切手だ。
 興味の対象が変わると価値も変わってしまう、コレは一例だ。

 それでも、当時集めた切手は幾らか今に残っている。
 ちょっと懐かしくもあり、子供時代のストックブックを開いてみた。
 で、こんな文章を書いてるんだ (^_-)

 ちなみに、私が切手で持って代金を払い通販した秋田書店の「サイボーグ009」は昭和42年の初版で、すなわち、昭和42年に買ったワケで・・
 価格は220円だった・・ 
 値打ちはあるものの額面としての10円記念切手を22枚と送料分、あわせて30枚弱を、私は惜し気もなく秋田書店に送ったワケだ。
 で。
 本は今もベッドの横にある。

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