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| 遠方の友人が夕刻にバイクでやって来た。 黒いヘルメットを脱いで言うには、先だっての「かわいい耳たぶ」が、今一つ、ピンとこないのだと。 そのコトを告げにわざわざ70Kmの道のりをかっ飛ばして来たのかどうかは聞き逃したが、ともあれ、我が友人のたまうに、アレはアンタの耳の特性であって決して普遍ではないぞ、との主旨内容である。 耳たぶにも当然に大小があり自分のモノは小ぶりゆえ、あの文には該当しないし、それゆえに、ピピンとこないのだと若い友は申し、その後、対座したまま当方の耳に向け、ジッと熱い視線を寄せ這わせる。 そこで・・ サービス実演とばかり、ゆるりユルリ、小首を傾げたりなどして、見せてあげる。 |
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| 顔を右に傾げようが左に傾げようが真っすぐにしていようが、たえず、我が耳たぶが下方に向けて垂れるという現実をまの辺りに、お見せする。 すると、友の顔に驚きを含めた喜色が駆け、口元がほどけ、やがて破顔となった。 「リンゴは要らんすね」 笑いつつそう言うので、うん? と思ったら、 「ニュートンが山本さんの友達だったら」 とまた破顔一笑した。 引力の発見が我が耳によって成されたやも、とのジョークだけれども、思わず、イタリアの傾斜塔の中に立っている私という図を想像してしまった。 私は傾斜して傾いているけれど、傾斜側の耳たぶはほぼ垂直に下方に垂れている筈だ。別に私でなくとも、耳の大きな象なら尚の事、事態がよく判る・・ アフリカ象でもインド象でも、耳たぶの先っちょは象さんの意志とは別の力でもって垂れて下がっているハズである。 固定した棒を横に置けばもっとビジュアルとして判りよい。 私や象さんがどのように横に頭を傾げても、耳たぶの先は、たえず角度同じ位置にきて、立てた棒と平行をなすハズである。 耳は傾斜するコトなく堂々不動である。 自重で垂れたかニュートン先生が引いているかは科学知らずの私に言及の余地はないけれど、ともあれ、夏の日の垂れて普遍の我が耳のいとしさや、と一句詠めるゾ字余りと笑うような事象ではある。 耳は、生涯を通じて一度たりとも自分の眼では直視出来ない位置にあるから、たえず重要な器官でありながらも案外と可愛いがられていないモノの内に入るんだろうな、と同情させられる。 もしも直視出来る箇所に耳があれば、今頃にゃ、アレコレの耳への化粧法が行き渡り、アイ・シャドーやらアイ・ラインやらと同様なオシャレで小粋なビューティ花盛りであったろうと思わさせられる。 眼、鼻、口、同様に最重要器官でありながら、顔の良し悪し、美醜の対象としては耳は優遇されていないようである。目元スッキリ鼻筋クッキリ唇あいらしく、など言われても、耳への賛辞、耳への言及はなく、これまた、気の毒な話だなと思ってもミル。 耳たぶに穴開けてのピアスやらリング吊り下げで、一見は耳への関心が寄せられていると思いがちだけど、それは、いわば二次使用としての「耳」であって、主題はあくまでピアスでありイヤリングだというのが耳の置かれた現状である。 どこか馬鹿にしてるみたいなのがメガネだ。 耳に意志あればきっと、なんでそんなもの耳にひっかけるんやと抗議するに違いない。 メガネという偉大な発明は耳の犠牲なくしては語れない代物なれど、メダマから感謝されるなんてコトはさっぱりないワケで、たえず、久しく、ハンガー同然の扱いを強いられ、尚の事その上に、イヤリング吊るされたりで、まるで壁のフックかヒートンである。 冬ともなれば、マスクのヒモをかけられたりする。 彼女の耳に惚れました。 彼の耳で好きになりました。 というのはアマり聞かないし、耳の絵を描いたら、これまた現実としての耳そのもののポジションがよく判ってくる。 眼や鼻や唇はモデルなしでも大方の人はかなり忠実に描くコトが可能なれど、耳はアキマヘン。絵の稚拙でなく、耳の形の把握が誰にもない。その輪郭は描けるけど、内部がどうにも描けない。試しに描いてごらんなさいよ・・・ 極めて入り組んだ複雑な形状ゆえ絵に描きにくいという点もあるけれど、あの起伏、あの隆起、あのくぼみ、仔細を網膜に焼き付けている方は、コレはマコトに少ない。 より痛烈な悲惨もある。 深夜の墓場にて琵琶法師の芳一(ほういち)さんは、滅んだ平家の武者達に耳を引きちぎられるという難儀に遭遇する。 芳一さんの全身に経文を描いたつもりの坊さんのウッカリミスというコトになっているけれど、坊さんが耳をおろそかにしていたであろうコトは察しがつく。 片っ方だけならまだしも両耳に墨入れしていないんだから大変だ。 起伏と隆起に富んだ形ゆえ面倒で後回しにした末に忘れたか、あるいは、ホンマに面倒で耳くらいイイヤと思ったか、この辺り、ラフカディオ・ハーンさんは触れてはいないけど、ともあれ、耳がおろそかにされたコレは恰好の事例である。 実に耳への関心が薄いというコトの端的な証拠として以上をあげおくにとどめるけれど (^.^) そんな次第で、耳たぶの大小が笑いの対象でしかないというのが今の現状でありましてナ、コレがいささかに残念やなァ、と思っている次第なのだ。 耳に対してのフェチズムでもって言うのではないけれど、耳たぶが豊かで大きく立派に垂れ下がっていて、ちょっと浅黒く日焼けしちゃったりしてると女の子が皆んなコチラにトロリンとした眼を向けてくれるような時代になればなぁ・・ な〜〜んて、コッソリ思っちゃう私・・ へんかな (^.^) 「耳・・ イヤ〜、ん」 なんてさ。 |
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