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メーターのコトについてふれる。
メーターというのはバイク(自転車)用のそれだ。
サイクル・コンピューターという。
これを2台の自転車に付けてみた・・。
セットすると、時刻・ストップウオッチ・平均速度・最高速度・走行距離・累積距離などなどが計測できるよう、なる。
大昔より、この手のモノはあったけど、いまやコンピュータ仕込みの計測器で、しかも、無線だ。
精度は高い。
前輪スポークの一本にホィールマグネットと呼ばれる小さな機器(磁石だ)をとりつけ、これをフロント・フォーク側にとりつけたセンサーが、センサー前をマグネットが通過するたびに感知計測して、各種の数値を導き出してくれる仕組み。
車輪は円ゆえ、この回転を正しく計測するコトで、アレコレのデータが取れるワケだ。
円周だ。パイだ。
3.141592… 最近コレを3とみなすというようなアホ〜なコトが行われているけれど…
自転車のホィールサイズ半径を正しくインプットして、これにパイの2倍である6.2832をかける。
初期セッティングがこれで完了する。
おっと、時刻もセットだ。
センサーとハンドルに取り付けたメーターは無線で、結ばれる。ワイヤーはない。
指標として数字が出てくると、モヤッとしてたものが確固な何かになるようで、この場合、小気味よい。
実際、数字の意力は絶大である。
自宅と店の間はメーター計測で6.5Km強であった。6Kmと地図上では計算していたのだけど、近値ながらも500mほど距離がのびた。
こういった計測がキッチリ出来るのも嬉しい。
ストップウオッチ計測で、この6.5Kmを、MTBのタイヤの場合、22分〜24分で駆ける。
時速換算でおよそ17〜20Km。
スリック・タイヤの場合、19〜20分で駆ける。
時速換算でおよそ22〜25Km。
それが遅いのやら早いのやらよく判らんが・・ メーターのデジタル数値を見るに、これを、昨日よりは少しでも縮めてみようという欲が出る。
ここが面白い。
あるいはトップスピードの更新を密かに目論んでみたりも、する。
その実行にはすべて自分の脚力が関ってくる。
自らをムチ打ち拍車をかけるという典型としてのスポーツな図式だけど、それが、まぁ、面白い。
数値としてかなりの詳細が判るものだから、ついつい、距離やら速度やらやらを計ってみたくなる。
今の今まで茫漠と距離も時間も考えたコトがなかった宅から最寄りの郵便局までが、僅かに2分と20秒ホドのトコロにあったという「新事実」に、ちょっと喜んでみたり、する。
宅とオフィスの、その通勤路のちょうど真ん中地点が、自分が描いていた所とはやや離れた地点であったコトに、ささやかな驚きを覚えたりも、する。
この驚きは、気分としての極微な間宮林蔵ではあるまいかと思ったりもする。
通勤路で、直線で車の往来の少ないトコロはあんまり、ない。
ましてや自転車道など我が移動地域には皆無である。
そこで、ちょっと寄り道して、駆けられる道路はないかしらと・・ グイグイかっ飛ばし、記録をうちたてチャウと目論んだりも、する。
こういう目論みに適合した道は、我が通勤路界隈においては、農道しかない。
農道とはいえ舗装されてリッパなもんだ。
案外と直線もある。
でも、そういった道を見つけるには見つけても、たいがい、小学生が遊んでいたりして・・ 駆けられるようで駆けられない。
おまけに、小さな小さな虫の群れにショッチュウ遭遇する。
稲刈り間際の田には、この手の虫が多いのか・・ とにかく、ヘタに呼吸してると鼻やら口に一気に小さい黒点みたいな虫が飛び込んでくるから、始末に悪い。
秋になり、夕刻も早めにやってくる。
5時半頃はもう暗い・・ 。
なワケで・・ これから先のシーズンは、とりわけ帰宅時に、ブイブイ自転車駆けらせ楽しめる時間が少ないのがペケであるけれど、サイクル・コンピューターのおかげで、小さな愉しみが増えたコトは確かなり。
とはいえ、スピードそのものへの興味はさほど、ない。
2年程前の冬、スクーターで走行中に車にはねられて以来、スピードへの恐れが歴然と、アル。
乗物事故の衝撃というのは・・ 速度の二乗に比例し、重量に比例する・・ 確か、そうらしい。
すなわち、その衝撃たるや、痛切極まりないというコトとなる。
ここに、組み立てたガレージキットがあるとする。
TB1でもフォウ・ムラサメでも何でもよいが・・ これを、20cmホドの高さから落としても、まぁ、たいしたコトはない。されど、これを40cm、60cm、80cmと距離を伸ばして落下させてやると・・ 壊れる度合は高さに比例してハゲしくなる。
まぁ・・ そういうコトだ。
その上で、交通事故というのは、精神的なダメージがドド〜ンとデッカクのしかかる。
有り体に申せば・・ 速度に臆病になる。
私の場合、速度プラス自動車が恐くてたまんないという、トラウマと化して、今に至っている。
だから我が自転車生活においては、ゼッタイ的に車が通らない、見通しのよい場所でなければ、スピードをあげないコトになっている。
ただ・・ 人間の精神というのはおかしなモノで、車の運転には何も支障がない。 自分が運転したり乗せてもらってる自動車に関しては、何ら、恐怖が兆さない。
スクーター事故でのトラウマは自分が乗る車には・・ 介在しない。
でも、もう、モーターバイクは乗れない。
恐くてしかたがない。
自動車はOKだがモーターバイクは駄目、というこの分裂した感覚が・・ 我れながら、可笑しいのだけど。
で。
されど、そのモーターバイクの基本形たる自転車には、少し、トラウマが「病い」として介在し・・ 他の動く乗物が恐いのだ、実は。
横断歩道を渡る時なんぞは、かなりビクビクして渡っている・・・・。
ほいでもって、さらには・・・・・・・。
どいつもこいつも車に乗りやがって!
たかが愛息の幼稚園の送迎にデッカイ四駆を使うか、このアホ〜〜!
メチャに狭い道なんやぞ、なんで自転車の俺が、後ろからやって来た軽四に道ゆずって停止せにゃならんのや!
などなどなどなど・・ 半ばの被害妄想的苦言をお口の中でブツクサ申しておるコトが多いのだけど、その基底部には、車への不信感が、まぁ、ドドド〜〜ンと横たわっているワケだわさ。
そんな次第あって・・ ひっそり、農道で、メーター睨みつつ、一人、駆けている私なのである。
その農道の、ココからアソコまで何メートルかしら? なんて、他愛もないコトに愉悦を覚えてみたり。
あるいは・・ 通勤路6.5kmに、いささかの物足りなさを覚え、もうチョビっと駆けていたいなぁ・・ なんぞと思っていたりするのである。
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