古いけれど好きだった場所


 地下鉄の九段下を下り、そこから堀端にそって坂を上がり、大山巌の像の前を過ぎ、消防署の前を過ぎ・・ 堀にそって左折する。
 途端、九段通りの車の喧騒が遠いのていく。

 桜の古木が並ぶ、千鳥が淵の堀端を歩くのはナカナカいいもんである。
 春、夏、秋、冬・・。
 そこには必ずネコがいる。
 心優しき浮浪者も数人いて、ある時の早朝、その一人が
「おはようございます」
 意表をつく礼儀正しさで朝の挨拶をくれたコトもある。

 インド大使館を右に見つつ歩を進め、病院の前を通過すると、道は堀に沿ってやや右に蛇行する。
 その辺りに私の好きな木製のベンチがあり、時に、そこでセイラムを吸ったりする。
 夏の桜は深くおごっていて、陽の強烈からベンチを救い、そこに掛けて緑色の堀のボートのアベックを眺めていると時間がフイにゆったりとしたものに感じられ、束の間、暑さを忘れるコトも出来た。
 都心ながら、そこは静かで、涼やかで、喧騒を忘れるようなトコがある。
 フェアーモント・ホテルは、その先にある。

 ここ10年近く、単身で東京へ出向くさい利用したホテルが、このフェアーモント・ホテルであった。
 設備はいささか旧式である。
 空調、水洗・・ いささか頼りない。
 それでも、それを補う立地の良さがある。
 いや、正確にいうと、地下鉄やらJRを利用の場合は、不便極まりないというコトとなる。
 夏、九段下だの飯田橋方面から歩いてフェアーモント・ホテルに出向くと、もうそれだけで汗だくになる。
 重い荷物を持っていたりすると、ちょっとイヤになる。
 が、それでも、千鳥が淵を正面にしたホテルの部屋に入ると、ぁあ、ヤレヤレ、安堵めいた落ち着きが我が体内に補填されてくる。
 堀の向こうの武道館の屋根を見やり、その黒い屋根に黒い鴉が数羽まとわりつくよう飛んだり下りたりするのを眺めては、「ココにいるコト」を実感としてシミジミ味わうコトが出来る。
 都市的な慌ただしさを『風』だとすると、このフェアーモント・ホテルは風のない安全地帯と言えたかもしれない。
 皇居の千鳥ケ淵の四季以外、ソコは何も変わらない落ち着きに満ちている。
 喧騒のない静謐。
 そこを要と思えば、設備のいささかの老朽は眼をつむっても良い・・。
 室内の古さは、むしろ、この場合、静穏と共鳴して安息めいた気配をにじませていたとも思える。
 我が左腕の時計はコチコチコチと時間を刻んではいるけれど、室内にはまた別のユッタリとした時間が流れているようにも思えた。
 都心の幾つかのホテルを私は知っているけれど、フェアーモントのそのゆっくりとした時の進行は他のそれにはない、無類の、豪奢であった。

 されど、ホテルの運営というのは、その老朽が由々しき問題ではあるらしい。
 古いホテルゆえに、結婚式場や宴会場といった類いの施設もない。
 収入の大半は168室の部屋代のみというのが実際であったろう。

 先週、一通、フェアーモント・ホテルから手紙が届いた。
 ホテル閉館の案内であった。
 新館立て直しの休館ではなく、廃館である。

 ホテルのスタッフ達も、これから大変に違いない。 私にとっての安全地帯であるハズのフェアーモント・ホテルとても、『風』の影響下にあったというワケだ。
 常宿を失ったコトもさるコトながら、千鳥ケ淵界隈の一つの顔が失われるコトに感傷めいた気分になる。
 ホテルがない以上、その界隈を歩くコトは必然として遠退くようにも思える。
 深く馴染みの客、という次第ではなかったけれど、渋谷のあのプラネタリウムが廃館された時と同じく、私はまた、私自身の背景の一つを失ってしまった、ようである。
 残念なことに。
 愛惜の念に、今、私は満ちて、やや・・ 途方にくれている。
 知らず、私にとっての千鳥ケ淵は、フェアーモント・ホテルあってのお堀であったというコトに今更に気づかさせられる。

 遠い昔、国木田独歩は自然が失われつつある武蔵野を、
「武蔵野を歩くには道を選んではいけない・・」
 愛惜込めて謳いあげたけれど、それに似通うドンヨリとした痛切を、今、私は覚えている。
 年に数度の宿泊とはいえ、その一夜、その二夜は、水晶の結晶めく良き時間であった。

 九段下から千鳥ケ淵への道は一本である。
 その道すがらにフェアーモント・ホテルはあった・・・・・。
 そう過去形で言わねばならぬコトに私は、今、言いがたい痛切を覚えている。

 来月、エリック・クラプトンのコンサートが武道館である。
 私は最後の一夜として、また、フェアーモントに泊まるつもりである。
 私が愛したホテルは来年の1月27日をもって閉館する。
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