ペダルを廻して
 2000年の5月より自転車で通勤をはじめた。
 ゆえに、もう一月以上が経つ。
 店と宅は直線にして約6キロ強。
 往路12キロ。
 これを自転車こいで行き来する。
 路中、旭川と百軒川、2本の比較的大きな川の橋を渡らねばならないのだけど、橋というのは、本質として「登って下る」ようになっている。
 スクーターでブィイ〜〜と駆けっていた時には意識したコトもない傾斜だけれど、いざ自らの足でペダルを踏んでみると、これがなかなかに手強いモンだというコトが判ってしまった。 当初は泣きたいホドにつらい難所に思われた。
 5月の、開始し始めたばかりの頃には、オバサンの乗る自転車に橋の坂で抜かれるという按配で、しかも、息が切れてゼ〜ゼ〜ハ〜ハ〜、足は棒のように硬化して痛むし、と惨澹たるものであった。
 サドルからお尻を上げ、右のペダル、左のペダルへと、全体重をかけて、どうにか一漕ぎ、こうにか二漕ぎ、という状況である。
 ヨタヨタ、ヨレヨレ、ゼ〜ゼ〜、ハ〜ハ〜。
 息がきれ、しばし、会話は不能という状態であった。
 自転車に乗ろうと思い立つには2つの要因がある。
 1つは、昨今、お腹が出て来たコト、及び、極度の運動不足を、いつかの日には少しでも緩和ないしは何とかしなくっちゃ、という思い。
 腕力脚力ともどもメッキリ落ちて、ついでに根気も落ちちゃった、という状況を好転させねば、 コレはよろしくないなと思ってはいた。
 なにより、お腹だ。
 日頃のアルコールの痛飲と年齢によるそれとの相乗か、メッキリ出っ張ってきた。
 裸になると、みっともない姿になる・・・
 これは何とかせにゃナラン。
 ビールなんぞの摂取を減少という以前に、やはり、運動して、余剰を落とす以外に方法がないというトコロにまできちゃってる。
 しかしながら、運動の必要性は充分に判るけど、即決でそれに乗ずるというコトは、これ、なかなか出来ないコトあるね。
 そこで、もう1つの要因が必要となるワケだ。
 私の場合、それは・・ バイクに乗るのが恐くなった、という理由によるんだな、これが。
 昨年末、スクーターで走行中に横手から飛びだしたホンダの車にはねられるという事故に遭遇した。
 スクーター大破、半身打撲、されど骨折なし。頭部の異常なし、という不幸中の幸いという事故であったのだけど、その後、徐々に徐々に後遺症が出てきおった・・・・・・
 恐いのであるネ。
 スクーターに乗るのが。
 走行中、道路左側に停まってる車や、進路をこちらに向けようとしている車を見た途端、竦むような思いになるんだな。
 その車の前を通過する時にゃ、生きた心地がない。
 一種の被害妄想の気配が濃く立ち上がってくるのだ。
 同時に、12月の某日に被った事故の記憶が生々と蘇ってもくる。
 12月、眼に見えない暗がりからそのホンダは飛びだしたワケではない。こっちが走行している本道に進入しようと停車していたワケだ。
 こちらは、こちらを確認してくれているであろうというコトを前提にして、その前を通過する。
 けれど、ホンダのドライバーは気づいていなかったようで、おもむろに車を発進させたワケだ。
 停まっているであろう車が、フイに、ニュッと、近寄って、それもスローモーションのフイルムを見るようにユックリ、けれど、確実に接近して来た時の気分が、今もフィードバックしてくる・・
 避けがたい接触をハッキリ知覚したヒンヤリした気分・・ 
 それから、大きな音と衝撃。
 天地が逆さになって転がる一瞬、二瞬。
 事故後、キズ癒えスクーター新品にと、外見は元に戻ったのだけど、新たなスクーターで駆けている内に、だんだんと綿に水が浸透していくように恐怖が進行してきた・・・
 スピーカーのボリュームのように、恐さが日増しに募りだした。
 トラウマ。
 というヤツらしい。
 精神障害だ。
 3月の頃には、スクーターでの通勤に苦痛をおぼえるようになった。
 車に乗るよりスクーターで駆けた方が気分が軽くで好きだわさ、と広言し、事実、20数年も実践してきたこの私が・・ そのスクーターに恐怖を覚えるようになった。
 スクーターそのものが恐いというのではない。
 スピードが恐いというのでもない。
 スクーターで駆ける道と周辺が恐いのだ・・
 某日、トラウマにまつわるNHKの番組を見た。
 何かの事故や犯罪に遭遇して精神的な障害を受けた人の苦闘を報じる番組だった。
 米国で発生したビル爆破犯罪に巻き込まれ、以後、何らかの精神的苦痛をたえず覚えるようになった方々が番組には登場していた。
 人が恐くなった人。大きな音に恐怖する人。白いビルの壁面を怖がる人・・・
 それらの人の脳を調べると、苦悶の火点とでも云うべき脳のある部分が通常の人のそれの1/3にまで萎縮しているコトが断層写真等で論証されていた。
 現状では医学的に治せない性質の萎縮であるそうな。

 同様なコトが私にも生じているらしい。
 事故後、脳のどこかが徐々に萎縮し、どうやら、凝縮された恐怖感の塊になっているようである・・・
 この次第が、結果として、自転車へと導いたワケだ。
 肉体的健康復帰の願望が、精神的困窮のやむにやまれぬ事情とあいまって、ついにペダルを漕がせ出したワケだ。
 自転車に乗っても恐怖そのものの芯は依然として脳裏にあるのだけど、スクーターのそれのようにヒドクはない。

 乗っているのはロードレーサーの類いではなく、いわゆるママチャリだ。
 初日は、片道40分かかったけど、今は25分で通えるようになった。
 いまだ足は慢性的に痛いけど、最初のような痛切はない。
 膝の部分が痛いのは、シートとペダルの高さ調整がキチリと出来ていないせいかな・・
 もはや、オバチャンに抜かれたりはしない。
 抜いちゃう。
 チビッとだけユトリも出来、
「よし、あの向こうの電柱まで精一杯こいじゃう!」
 なんてコトも出来るようになった。
 朝夕、当然、 汗だくになる。
 それゆえ、店に着替えのTシャツなんぞも用意した。
 午前に店で着替え、午後、帰宅時に着替えるから、 一日に3枚のTシャツを使うコトになったワケだ。

 こうして一ヶ月以上、毎日汗をかいてはシャツを着替えている内、なんとなく、頬の辺りの贅肉がなくなったように思われる。
 お腹もなんか少し、気持ち、ふくらみの傾斜が緩和したように思われる。
 ためしに、2FのK嬢にオナカを見せてみると、
「アラ、まぁ」
 主語のない感嘆符のみで、 綺麗な眼をパチクリさせおった。
 このさいだから、これは善い方にと解釈しておこう。

 ともあれ、自転車に乗って一ヶ月以上・・ 車やスクーターでは感知出来なかった通勤路のアレコレに眼が向くようになった。
 疾過していただけの場所にもまた、色があり、匂いがある。
 猫がいる。
 犬に連れられた人がいる。
 人に連れられた犬もいる。
  静があり動がある。
 5月の初旬、雨あがりの夕刻、後楽園の蓬莱橋周辺にたちこめていたタケノコの匂いについては、いつか、触れよう。
 百軒川の橋上から見下ろす川面に大きな鯉が何匹も泳いでいるのも、また、いつか触れよう。
 自転車や歩行者への配慮のない道については、また、別の機会に書こう。
K嬢が、立ち喰いソバ屋でメンが煮えるのを待っている図ではない…
背負っているのは、私が事故時に着けていたアップル・パワーブック用のキャンバスバッグ。
背中から転倒したため、このバッグがクッションになり最初の衝撃を吸収してくれたワケだ。感謝。
それゆえ、今も毎日、これを背負ってペダルを廻す。
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