静かな夜に
____某月某日

 獅子座流星群が今年も見られる。今年こそは、伝え聞かされた「シャワーのごとき」を眼中に出来るのではないか。昨年の軽装による失敗を繰り返さぬために今年はジャンパーを着用・・ などと、昼間より期待していたけれど、曇り空である。
 昨年のこの日、同時刻、ヒョンな偶然で近所の若い女性と共にアゴを反らして見入った空は、今宵、1時を越えた時も、次に外に出た2時も、イワシ雲が天を覆い、なるほど、低気圧が近づきつつあり、これはやがて雨になるでしょうの感触はあれど、星のまばたきはない。
 たまに、雲と雲の合間にスキマが生じ、そこから星の淡い光が一ケ、ポロリと顔を出すコトはあっても、高空の短命瞬間の流星など、望みようもない・・
  昨年の彼女は2時に、昨年の場所に現れたけれど、ため息はつけども眼がウロンとして、精彩がない。
 ふと少年の頃を思い出す。
 小学校の低学年だった頃の・・ 明日は遠足だという日の前夜の眠れない感触と、当日の朝の、外の雨音を察した瞬間の、あの何ともいえない失望のニガイ味わい。
 やはり、遠い昔にそうしたように・・ 軒先にテルテル坊主でもぶら下げておくべきだった、カナ?
 そんなコトを話し、互い、背を丸め、早々に、双方のネグラにスゴスゴ帰った。
 

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某月某日

 海の藻屑と化した巨艦・ヤマトの沈没現場を取材した番組があった。
 知友がこれをダビングして見せてくれた。
 ありがたや。
 誰もが知るトコロなれども、ヤマトの末路は哀れである。
 沖縄の浜辺に乗り上げさせ、そこでもって巨砲を轟かせ、米軍を撃退しようという、法外で馬鹿げた作戦は一体なんだろう。
 これが現実に遂行された、その狂気には愕然とさせられる。
「一億総特攻」
 ヤマトはこの愚鈍な作戦に赴く途上、沈船する。
 深海に没したタイタニック号を撮影したクルー達が撮影にあたったこの番組で、以下のコトが判った。

※ 左に傾き倒れたヤマトは船腹をみせて反転する
※ 3つの、世界に誇った巨砲が反転と同時に抜け落ちる
※ 水中に沈んだ直後、第一・二砲塔弾薬庫が大爆発をおこし
  強毅なヤマトのボディが真っ二つに分断した
※ 機関部に水が入った途端、12基のボイラーが蒸気爆発をおこ
  した
※ 2〜4に至った過程を示し見せたまま、そしてヤマトは今に
  至る・・・・・・・・・・・


 この番組の末尾、登場した2人の知名人が共に涙を流すというシーンがある。
 一人は松本零士氏。
 一人は立花隆氏。
 方向の違いがクッキリと一見された涙であった。
 松本氏のそれが、過去への追想から引き出された苦悶であるならば、立花氏のそれは、今後の日本の行く末をあんじての感涙であった。

 それが遠い日なのか、ついこの前のコトなのか、人によって思いは違うだろけれど、 ヤマトが沈んだのは、今から54年前のことだ。


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某月某日

 知人が一冊の本を贈ってくれた。
 阿川弘之氏の、「井上成美」という本。
 文庫版なれど600ページを越す大部である。
 井上氏は昭和50年に亡くなったが、日本の元海軍大将だった。
 前記したヤマトの無謀きわまりない作戦を含む戦略に批判者として立ち、和平交渉に努力し、国民あげての「鬼畜英米・英語教育廃止」に真っ向から反対し、海軍兵学校の校長時には、率先して兵に英語を教えた。
 戦後は、横須賀の自宅にて近所の子供達に英語を教えつつ、清貧の中に身を投じた・・・
 あの苛烈なオーバーヒートした時代に、そういう人物がかつてこの国にはいたのだと、読み進める内にちょっと、救われるような思いになる。
 廻り中が同じ方向を向いている時、ただ一人アッチを向く事の勇気について思いをはせる・・
 本書を紹介してくれた久山氏に思いをはせる。
 かつて司馬遼太郎氏は半ば忘れられ路傍の石と化した坂本龍馬を拾い出し、磨き、躍動させ、息を飲むようなヒーローを送出した。
 一方、この阿川弘之氏の井上成美は、信念ある大きな人ではあるが強烈なヒーローではない・・ 華もなければ艶もない・・ 大将という地位にあった人の後半生にしては余りにもという程の貧窮ぶりである。
 けれど、ページをめくる内、ヒーローではないけれども、見事なまでの生き様をそこに見るコトが可能となる。
 硬い信念を持ち、徹底して自身を飾らず、虚栄に身を落とさず・・  貧した状況に耐えつつも気品を喪失しない・・
 その政治的信条もさるコトながら、貧しても屈せず、エッグカップのただ一ケのウデタマゴを前にキチリと座し、ナプキンを膝に置き、スプーンでもって大事に食する、その姿勢に、うたれる。
 そのナプキンに継ぎがあたるホドの零落を嘆くコトなく、黙して姿勢を正したそのカタチに、うたれる。
 男はこうでありたいなぁ、と密かに思わずにはいられない魅力が、ここにある。
 最初のうち、私はこの本をベッドで寝っ転がって読んでいた。
 けれど、ページをめくる内、そのラクチンではとてものコト、対処出来ない性質のものがここに含まれていると感じられ、前半部以降は、階下の自室に下り、座して、読んだ。
 私のような怠惰な者をして、居住まいを正させるようなトコロのある本であった。
 井上成美その人。
 そして・・
 氏を描いた阿川氏。
 そして・・
 私にこの本を贈ってくれた久山氏。
 小さいが凛とした鈴の音のような、澄んだ感触がこの三者にはあると知覚した。
 共振して凛と鳴る清廉な音の感触が心地よい。
 静謐なれど確かな、透明な視線がある。
 読み進めつつ、私は、その音の連鎖に入れるだろうか、と訝しんだ。
 背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐな気配のその3人のように、私自身の音色を奏でられるだろうか?
 そう、思った。
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