いつか来る ある日

 なにやら久しぶりの更新でございますな (^.^)
 久しぶりゆえ、気がきいた、クールな一発をブチかましちゃわねばとも思うのだけど・・ そうもイカンです。
 これは02年の2月22日に書いている次第だけど、さっき、フッと思ったんだね、いずれ、こんな年、こんな日が来るってコトを。
 
 
2222年2月22日

 面白いですね。数字が並んじゃうワケです。
 この
2が7つ並んじゃうだけの、特に意味はない日を、無事に生きて味わう人というのはほぼ100パーセント、いませんな、今。
 今日を活き活きカッカッと生きてる私も貴方も貴女もコナタもソナタも、2222年2月22日は、ゼッタイ的に体感できません。
 なにしろ、今から
220年後の話ですのでね。
 ポンヤリ考えると、何だ、たった220年じゃん・・ てな感じをおぼえる方もいるだろうけど、現実の問題としてマジに220年という歳月を思うと、コレ、かなり、大きな数値です。
 自身周辺を顧みても、今から
220年を遡ろうとすると、なかなか難儀でございます。220年前というと西暦でいえば1782年というコトになります。
 日本の年号でいうと、天明2年です。
 教科書的知識として"天明の大飢饉"というのがあって東北では餓死者が続出といった凶猛があった、というくらいしか了解できない、ですね。
 誰知ろう何知ろう・・ 私という存在があるのは間違いなく血脈としての面々たる継続なくば有りえない次第で、ゆえに220年前の過去、我が身に流れる血を構成する遠縁がいたコトはゼッタイ的にその通りなのだけど、母方の方は割と判るけど父方の方はといえば、せめて、かろうじて記せるのは、おばあちゃんくらいまでのコト、その先の人の輪郭は、輪郭として確固なものでない気配、です。
「おばあちゃんのおばあちゃんは、そら〜元気な人だったで〜」
 と、かすかな風のような感触を味わい知らされはしても、像として声としてカタチが結ばれない。
 人の一生というのが近来徐々に伸びていて、存命期間が80年くらいになったとはいえ・・ それでも知覚としての220年というのは、ずいぶんと大きな数字というコトになろうかと・・ 思えますね。
 今日という日を基点にコンパスの針をうち、クルリと過去と未来の220という向こうに円を描くと・・ 天明2年という過去な年号があるきりで、そのヨスガは歴史の本の中にしか、もう見るコトができない感じです。
 なもんだから、今から220年先の2222年2月22日というのが、如何に遠いかというコトも、自ず判明しちゃってきまして、嗚呼無情な、遠い眼になっちゃうような茫漠を覚えるワケなのですよ、私は。

 文明としての人類が220年先にも栄えているのなら、おそらく、この2が7つ並んだ日は、世界のアチャラコチャラで、何やら記念をこじつけたような祝賀めいたイベントが開催されているのではないかと、おぼろに空想は出来ます。
 なにしろ、日付としての数字がミゴト揃っちゃうメデタイ日が次に体感できるのは、89世紀向こうの
11111年の1月1日まで、ナイわけですからイベントはメチャに盛大なものになっているハズ。
 言っときますが、意味はないんですよ、
2222年2月22日自体には。
 それでも、人間というのは、感覚として、こういう希有な数字を喜ぶ性質が、あるでしょ。
 だから、2222年2月22日を活き活きカッカッと生きる我らが末裔たる人達というのは、きっと、この日を盛大に祝いますよ。意味はないけれど意義のある日として。

 天明2年を生きた人が今を見ると、これはもう、眼眩むような"未来社会"でありましょう。
 ホホ〜珍しいといったレベルを超えた驚愕の世界。見るもの聞くもの一切、メチャでクチャでワケわかんない世界・・・・・・
 だから、同様、今から220年先の日は、私らには現実なモノとしては了解できないホドのワヤなものであろうとの予測も出来ます。
 いくら創造なり想像をこらしても、私らには限界があるというコトをこの頃、私は思うようになりました。
 イマジネーションの飛翔というのは、それを案出する時代にやはり作用されて、そこから遠くへは飛べないという感じであります。
 なもんだから、今、ない知恵絞って220年先の未来社会を思い浮かせてみても、むろん、そうやって夢想なり空想なりするコトで人類というのは数多のモノを考案算出して未来に転がっていくという感じなれども、やはり何やら相当に隔たりがある・・。 大きな隔たりがある。
 だから、その意味でもう一つ考察すると、220年先には、こんな、ここで言ってるような数字の羅列による有感なんか、ナイかもしれないですなァ。
「バ〜〜カ、何いってんだ、おめ〜」
 てな感じ。

 ともあれ、220年先の2222年2月22日・・ 
 法隆寺の伽藍は今同様に保護されて
あるにせよ、では私らはといえば・・ 運よければ、墓がまだあるという程度な状態ではありますまいか。
 近いようで遠方の、Great Distanceな邯鄲之夢話(かんたんのゆめばなし)です。
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