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| 鳥取の米子市の中心街を歩くと、街の大きさに比してホテルがやたらに多いのに気づかされる。夜の8時前に既に人の気配がなく喫茶店の一軒も見つけられないという閑散ながら、ホテルはやたらに多いと気づかされ、それだけの数のホテルがあるのならば宿泊者も自ずと多かろう・・ されど何ゆえにこの夜の静けさよ・・ そのバランスの不揃いに不思議を覚えるのではあるけれど、さて、この連休の前半、米子・出雲方面へと小旅行に出かけ、宿泊は米子国際ホテルを利用した。 創立されて既に32年という米子におけるいわば老舗のホテルにふさわしく一種の風格がこのホテルにはあって、なるほど部屋の形や調度品いずれも古びつつはあるけれど、どこか瀟洒な気配が滲んでいてけっして悪くはない。 使った部屋は最上階の8階で見晴らし良く、米子駅が真向こうに見える。 ここに宿泊し、さてとチェックアウトというさいに、思わぬ次第となったという事をボクは今からココに書くとする。 チェックアウトは午前11時で、ボクは往々にしてグズグズする方であるからその時間を数分すぎて8階の部屋からフロントに直行し、さてと精算を済ませてロビ〜でお茶しようという心積もりであったのだが、支払いを済ませて立ち去ろうとする直後に、フロントマンが、 「山本様・・ 実は」 急にかしこまり、ややこわばって、 「当ホテルは本日をもちまして閉館いたします。山本様はその最後のお客様となりました」 姿勢をただし、深々一礼するのである。 「えっ? 最後の、客ですか・・」 絶句して言葉を返すに、先方は、ホテルのフロントマンとして滅多と言えないであろう言葉を再度もう一度口にする。 「残念でたまりませんが、閉館となります。山本様がその最後の宿泊者となられました」 悔しさと誇りと、拭いがたい屈辱と、名状しがたい客へのいたわりとを混ぜ合わせた声を、だす。 フロントにもう一人人物が現れ、彼もまた一礼すると、手にした包みをコチラへ差し出した。 「些少ではありますが、当ホテルからの山本様へ感謝の印を」 と言った彼の目尻に涙がにじむ。 受け取り、ロビーの喫茶の深々としたソファにかけてコーヒーを頼むと、ベテランとおぼしきウェイトレスがカップを運び寄る。 事の次第を知った以上、一言、声をかけるが礼儀であろうと、 「最後ですってね?」 そう口にすると、先方は明るい声で、 「申し訳ありません。この日が来てしまいました・・」 懸命に平静を装うが、眼が赤い。 思わずもらい泣きしたくもなる気配なれど、けっして湿っぽくはない。 ホテルのスタッフは各々自らの役割を最後までマットウしようと、そうするコトで辛さを払拭させてもいるのだろうけれど、懸命に立ち働いていて清々しい。 ボクが去る事でホテルはホテルとしての機能を停止する。フロントを眺めると、早や、グレーの作業着の作業員が配電盤のチェックを行いつつある。ロビー以外の階上の客室の電気系回路が切られるのだろう。やがては建物も壊すのだろうか・・ 最初に書いたように米子はホテルが多いのだ。過当な競争があったと思いたい。 32年の営業を経て閉館となるホテル・・。 たぶん、利用者が減り徐々に傾(かし)いでこの日が来たのであろう。 そして・・ ボクは米子国際ホテルの最後の客、となった。 駐車場の車の中で、贈られた包みをあけると、2枚のお皿が出てきた。 ノリタケ。 裏側にホテルの刻印がある、桃色の皿。おそらく数多の披露宴などなどでコレは用いられたのであろう。多数の"幸"がこの2枚の皿の上を通過したであろう事はまちがいない。 多くの"幸"がこの皿で運ばれるのならば、これはボク個人が所有し秘蔵していてもつまらない。 皿は活用して活きるというもんだ・・。 そう思い、2枚は、岡山の、とても懇意にしているBARに寄贈した。 当分は、ボクとBARのオーナーのみが使う事になろうけど、皿を使う事で、わずかな滞在利用であったとはいえ、ボクの"米子国際ホテル"は永遠に有り続ける事となる。 閉館は悲しむべき事なれど、一介の客たる身のボクには良性の良き思い出が2枚の皿に密閉されて手元に、残った。 多謝。 |
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