花びらの白色

 3月21日の爆撃から3週間が経過して、イラクの政権は倒壊したようです・・。
 結果として、悪しき圧政からイラクはとりあえず開放されたとも一見はみえます。
 国家と、それを統治する者というカタチはまことに奇妙です。
 米国は「フセインとその二人の息子の抹殺」という命題を掲げ、それでもって戦争を遂行しました。
 ボクらの日常は、その背景に法があり、それに準じる事で、機能しています。
 日常の中に「誰かを殺害する」はありえない。
 なぜなら、それは犯罪だからです。
 されど、国家の名の元では・・ どうもそうではないらしい。
 信じ難いコトだけど、そうではないらしい・・。

 圧政者らを殺害し倒壊するために投げ込まれたおびただしい爆弾によって、イラクの無垢の子や人がいったい何人、命を失ったか・・ 彼らの死と悲痛は、爆弾の投下命令をくだした者にとって何なのか・・
 ボクにはわかりません。
 少なくともボクは人を殺害できない。
 自身が掲げた命題に沿い、かりにそれを遂行したとしても、"巻き添え"として死んだり負傷したり精神を傷つけられた方に対し、ボクは責任を追わねばならない・・・。
 どう少なく見積り眺めても、無垢な人の命を奪ってしまったコトに対し、人たれば生涯を費やしてでも償い続けねばならないと、ボクは確信します。
 が、国家の名の元では、どうも、そうでもないらしい・・。
 少なくとも米国は、今、そうではないらしい。
 今後、幾重にも折り込まれた哀悼めく美辞麗句を当事者らが声や文章ではっしても、失われた者は還らない。
 そのコトに悲嘆します。

 岡山市の中心付近に西川という小さな川が流れています。
 流れの左右は車道で、繁華に車が行き交うが、川のすぐそばは小道が作られ、彫刻が点在し、ベンチがおかれ、桜並木の遊歩道になっています。
 染井吉野やしだれ・・ 大きく育ったそれら複数の桜は、今が満開で、時に風で桜吹雪と化して白や淡いピンクが舞い、まことに春爛漫な感触で清々しい気配です。

 この桜並木は、戦後、日本に抑留されていた朝鮮系の方々が帰国にさいし、手植えしたものというコトを先夜、共に散策した人から教えられました。
 強制されて植えたのではありません。
 自らの意志で、西川沿いに植えたそうです。
 解放されて帰国する前に植えたそうです。
 抑留され、辛酸なめさせられ、辛さばかりの苛烈な日々を送り、憎みてあまりあるであろう敵国たる日本の地に、かの方々は、木を植えました・・
 憎しみを投げつけるのではなく、木を植えました・・

 それが今、古老の気配ある豊かな大きさを呈した桜の並木と化しました。
 よく整備され、人が憩える場となって既に久しい西川沿いのこの桜の通りを、今、西川緑道公園と呼びます。
 先夜、上記の経緯を知らぬ(であろう)複数のアベックが、桜の大木の影で抱き合っておりました。
 ぴったり寄り添いキスしているカップルもありました。

 木は育ちます。
 平穏・平安・平和は・・ 何事かの蓄積の上にあるというコトをボクは、その桜に、少し学びました。
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