ゲソ・バーガー

 映画「シッピング・ニュース」は秀逸な映画だった。
 中年のクオイル(ケヴィン・スペイシー)は、妻の事故死を機に、伯母のすすめで娘を連れて祖先の地ニューファンドランド島へ赴き、そこで港湾(シッピング)ニュースの記者とし生活することになる…。 小さな漁村。その地での女性との出会い、伯母と自身の生い立ち...。良き人達との出会い...。
 静かだけれども熱気をはらむ昂揚が秘められた、良い映画だった。

 この「シッピング・ニュース」に、ゲソ・バーガーなるものが登場する。
 イカの足、だ。
 村でほぼ一軒しかないと思われる食堂の、メニューの一つとして出てくる。海を見下ろす窓辺に陣取って港湾ニュース社の記者達はここで昼食をとる。
 E・アニー・ブルーの原作本「港湾(シッピング)ニュース」にも、そのゲソ・バーガーはちゃんと出ているから、映画はこの原作の、漁村としての地域性を加味した"気分"をよくとらえていて秀逸なのだったが、原作にも映画にも、残念ながらレシピは、ない。
 映画の画面を、DVDで、食い入るように眺むると、なるほど、ゲソは揚げたもののように、見える。パンに挟まれつつも、ゲソゆえにパンから中身がのぞいていて、そののぞき具合が、いかにも、コロモをつけて揚げたもののように、見えるのだ。
 ゲソの天ぷら。ゲソ天、である。
 それを頬張っている俳優の口の動きを見ると、その肉は柔らかなものと確信できる。
 コリコリした所ではなく、イカの足のむっちりした部分が使われていると見て取れる。

 そこで某日、近隣のスーパーの、食材売り場のおかずのコーナーで、ゲソ天をみつくろい、大きめで、柔らかいものを、一つだけ選び、買って返り、スグに食パンにはさんでみた。
 ゲソはレンジでチンし、軽く焼いたパンにはバターを塗り、チンしたゲソには醤油とマヨネーズをかけ、出来得ればサニーレタスを一枚とも思ったが、それはナイので、パンにゲソ天のみのシンプルなモノとして・・ ビールと一緒に喰ってみた。
 ゲソ天のチョイスが成功し、ボリューム感がある。ゲソの身の歯ごたえが、柔らかではあるけれどそのボリューム感に裏打ちされて、一種の豊饒が醸される。
 たぶんに、「シッピング・ニュース」の中のゲソ・バーガーは、醤油テーストではないとは思うのだけど、醤油の地味はパンともあう。
 ミンチ肉のハンバーガーに比し、イカゲソのバーガーは味としては淡麗で、ある。
 濃くもなく、薄くもなく、淡い感触が口内にひろがる・・。
 冷たくなればハンバーガー同様、味覚はずいぶんと落ちるとも思われるけど、熱いゲソをハフハフと噛むのは、ハンバーガーにはない大いなる快感で、ある。
 ボクは調理したりそのウンチクを語ったりを好まないが、こうやって、映画に触発され、真似の変容として、一つの新たな発見を体感するは・・ 好む。
 淡麗ゆえ、クセになるホドのものではなかったけれど、食べて数日経つと、また、同じコトを繰り返してみたくなる。
 ゲソ・バーガーを食べたく、なる。

 映画はこうやって"愉しむ"ことも出来るんだ。
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