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| 3年前の夏、岡山の沖合にある島・犬島で映画のロケが行われ、知人が二人ほどエキストラとして出たことがあった。 エキストラとはいえセリフもあるというので、映画の完成を心待ちするようなところがあった。 犬島、というのは今は島民が100人にも満たなく、ささやかな海水浴場とキャンプ場があるきりの、徒歩で一周しても30分とかからない小さな島なのだけど、かつてはここに大きな銅の精錬所があって、いっときは3000人を越す人と往来があったという。明治の頃の話だ。 その精錬所の、煉瓦作りの煙突や家屋の一部が、崩れつつながらも今も残っている。 煙突は5本あり、いずれも煉瓦で作られていて大きく高い。 洋風な煉瓦棟は荒廃するにまかされて草と蔦に覆われ、瓦解した西洋の城郭めいた、あるいは乱歩の「パノラマ島綺譚」を彷彿させられるような、何事かが刺激される奇観といってよいカタチが呈されている。 そのロケから3年が経った。 「えっ? もう3年も経ってたのか〜」 忘れかけていた事物がふいに眼の前に立ち現れたような妙な感触がある。 その映画というのが、この3月19日から全国公開される「鉄人28号」なのだ。 昨日(05.2/26)、岡山市文化政策課の主催で、協力をいただいた犬島の島民を対象に岡山の某所で試写があった。 ボクへは招待状は届かなかったけど、前夜に誘いがあり、運よくこれを観ることになった。 監督の富樫氏の挨拶とトークもあった。 「鉄」+「勇気」というヘッドコピーのある映画ポスターは色調と写真の粒子が巧妙で、往年の東宝特撮映画や東映の冒険ものを彷彿するようでもあり、なかなかに味わいのある良作と、ボクはみる。 さて、本編・・ 巻頭一番に、軍服姿の知人が出る。 セピア色の古い記録フィルムとして、それは映画の中に位置し、重要なシーンながらも、知人と判別できぬほどに、素早いカットと展開でちょっと拍子抜けさせられる。とはいえ、とても良く出来たシーンで、導入部としてこれは申し分ない。テンポもよく、さぁ何が始まろうとしているんだろ〜、ちょっと身をのりだしたくなる。 太平洋戦争の末期、某秘密基地(これが犬島)にて作られつつある兵器としての「鉄人」。その記録映像という次第。 で、話は現代となる。 アレあってコレあってブラックオックスが出てきて災禍を引き起こし、少年・金田正太郎の物語があり、鉄人28号の登場となる。 ブラックオックスの登場と街中での展開は、これはもうマチガイなく怪獣映画のソレである。ダンコ断言しちゃってイイけど、怪獣映画のそれである。 金子監督の「ガメラ」以来のワクワク感が去来しちゃう。 CGとわかっているけれど、街中をでっかいのがノシ歩くというシチュエーションは好感だ。 衝撃でビルのガラス窓がいっせいに壊れる描写も、良し。 落下物でケガ人が出るのも、良し。 一方で、鉄人もブラックオックスも圧倒的に動きは、とろい。 このあたり、往年の怪獣映画よりも、はるかに動きが、にぶい。 なにしろ、対峙して、ボコンボコンと殴りあいするだけなんだから・・。 が、これは、あくまでも『操縦されるロボット』なワケゆえに、たとえばウィル・スミスの「アイ,ロボット」がごとくの動きはハナっから期待しちゃいけないのだった。 まして2機のロボットは自ら吠えたりも、しない。 実に静かな戦い・・。 先程、ボコンボコンと擬音で書いたけど、ボコンとボコンの合間に休止符を打って間を置いて・・ というくらいのスローモー。 だから・・ 前半部でのワクワク感は徐々に失せ、鉄人28号とブラックオックスの対決というシーンでは、正直なところ、アクビがでる。 闘う場所は、晴海の展示場ビッグサイトの近辺で、これは、あの界隈を訪ねたコトがある諸氏にはお馴染のところゆえ、ちょっとほほ笑みがこぼれますぞ。2機のロボットが動ける場所というのは、道路しかないワケで、晴海の道路事情を念頭に浮かべると位置関係も掌握できて、それはそれで、マァ・・ 面白い。 嗚呼、CGだなァと肩をおとすようなトコロは確かに散見するけれど、かたや俳優達の演技に眼を転じると、正太郎役の子供の演技が常に安定していて、これは秀逸と思わさせられる。 わけても、この子の返事の仕方は、ちょっと類例がないホドに素直さが出ていて、とてもイイ。 正太郎の母親としての薬師丸ひろ子も、いい。 でも、余計なものもかなりあって、たとえば、二人の若い男女の刑事が頻繁に出てくるけれど、これはまったくイラナイんじゃなかろ〜〜かと思えるし、柄本明扮する大塚警部がまったくイキてないのが、と〜っても哀しい。 大塚警部のその上に警察庁長官役として伊武雅刀が出てきて、コメディリリーフが二人も出てくると・・ これはイケナイよろしくない。アメリカから招聘された天才科学者という女のコも登場し、このコが正太郎をバックアップするんだけど、これも、さらに脚本を磨いて研いでいけば、まったくもって不用なキャラでしょう。 登場人物が、多すぎるのだ。 その分、本質が散漫になっている。 ブラックオックスを作った億万長者で狂気の天才科学者も、ポスターではカッコいいしデカダンな匂いがあってよろしかったのだけども、な〜んだか本編では精彩が、ない。狂気の部分が薄く、その耽美的退廃でもって発酵したと思われるその人物像についての掘り込みが・・ 平坦で浅い。 さてと、以上はオトナのメダマで観た印象。 実は試写会場にはかなり多めに小さな子供たちがいた。 だから騒がしい・・。 こんなガキっちょどもと観るのかァと最初は悲しんだけど、映画がはじまると、子らから騒がしいのが消えちゃった。 あんがいマジマジと観ていて、正太郎が父から受けたと思ってたトラウマ的な疑念が解けるシーンでは、泣いてる子もいたので、驚いた。 「いまさら鉄人28号、ましてや実写でしょ、子供なんてコンなの観ないよ」 とボクは思ってたんだけど、たとえば親に連れられて映画館に出向けば、真摯に観て感動を受ける子もあるんだというコトを、今回、諭されましたな。 ”子供の眼”というフィルターをおろそかにしちゃイケナイというコトを、学んだな。 もう40年も前、小学生だった僕が東宝映画「モスラ」を観ておぼえた、あの濃烈なめくらむような刺激と情感・・ それによって我が体内にしっかり刻まれ今に至る"感性の造形"への、映画の大きな影響・・。 その一点にコンパスの軸を置いて試写の会場内を見回すと、"鉄人が発掘されるシーン"で身を強張らせている子や、前記の通り、同行の母親にしがみついて泣いている子があったりもして、そこに僕は40年前の昔の自身をみる気がする。この子らはチャンと映画を観ている。 だからフッと・・ この「鉄人28号」は勇気や友情や愛情などなど、少年少女らの濃く、多感で、脆い、その感情にうったえるアレコレが盛り沢山にはいった、いわば栄養価の高い良作ではなかろうかと・・ 考えもする。 飽食の果てに肥大し、眼も舌も肥えたと錯覚している、いわば腐れたオトナの眼では、けっして、この映画を観てはいけないと直感する。 彼ら幼少の少年少女こそが、コトの本質をチャ〜ンと観ていると確信する。 |
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