アポロ再び-2

 スミソニアン航空宇宙博物館は意外と歴史が浅い。開館は1976年。初代の館長はアポロ11号で月に出向いたマイク・コリンズ。名誉的な館長職ではなく、建物から展示物まで彼自身がプロデュースした。
帰還した11号の司令船もここにある。一度、この眼でそれを直に観たいと思っているけれど、まだ、はたせていない。
 月着陸という"事業"は周到に計画されたプロジェクトで、アポロ計画の前段階として、マーキュリー計画とジェミニ計画がある。順追って段階を踏んでの月への飛行だった。
そのジェミニのカプセルとアポロのカプセルを同じスケールで比較してみると、アレコレの諸事情がみえてきて面白い。同じスケールの模型を手にするコトで差が歴然とする。
なによりも、そのサイズの圧倒的差異に驚く・・。
ジェミニは二人乗りの宇宙船だけどアポロのそれと較べると、まことに小さく、よくこんなモノで大気圏の外に出たなぁ、と溜息がでる。
表層もリベットを思わせる(けっしてそうではないんだろうけども)ようなカタチをし、アポロのまばゆく光る銀色のそれとは一線をかしていて、計画の前段階というよりは、一つ、時代が前のモノの感がある。
実際に、ジェミニからアポロへの推移には、技術的琢磨の大幅な飛躍と跳躍があったようである。TVシリーズ「フローム・アース・トゥ・ジ・ムーン」でも、その辺りの経緯として、
「ジェミニとアポロはまったく違う。格段の差以上だ・・」
といったセリフがある。
 顧みて今のマナコで眺めるに、アポロ司令船内のスイッチの類いなどなど、なるほど一つも二つも前の時代のスイッチなんだなァ、と思いはする。モニターもない。
が、そうであって尚このアポロの司令船に魅惑をおぼえさせられるのは、それ以降、月への飛行も着陸も成されたコトがないという一事にあるよう、思える。月への飛行に関しては、いわば以後35年に渡り、アポロを凌駕する進歩も進捗もないという次第がアポロを不滅な高みにまで持ち上げているような按配に思われる。

 スペースシャトルにボクはさほどの魅力をおぼえない。大きさも技術的なモロモロもアポロを越えたモノではあろうけれど、それが地球の周回でしか用立てられない"乗り物"という次第が、ボクにはつまらなく映る・・。より遠方に向けての飛翔の期待感がシャトルにはない。
 つい最近、NASAは、今後の計画として月への飛行を再立ち上げしたけれど、これがいつになるかは判らない。
「1960年代のうちに月に人を行かせ帰って来る」とケネディが宣言し、それを本当に実行したパワーは、今の米国にはない。
たぶん、いつか・・ また月に人が立つコトにはなるだろうけれど、その期日は霧の彼方だ。
その日が来るまで、アポロは光輝を失わないだろうとボクは思う。
じっさいに自分が月に行きたい出向きたい歩きたいというワケではなく、アポロという複雑な構成物としての"乗り物"で人が遠方たる月にまで出ていったという次第に、ボクはかなり魅惑されている。アポロという名で示された実際と暗示と方向にボクは興味をおぼえている。模型そのものに目的があるワケでは、ない。
とはいえ、模型はよい手がかりだ。
一つの小さな模型に一切を託すコトは出来ないけれど、もどかしさを含め、アレコレ示唆してくれはする。
いずれもスミソニアンが扱っている模型。クリアケースが別売されていて雰囲気や良し。
この7月。アームソトロングとオルドリン両名がはじめて月に降りたって、35年になる。
35年前、米国はベトナム戦で苦労し悲痛をおぼえたはずではあるが、35年後の今はイラクで苦労してる・・。戦争のたびに、米国は、人類は、いったい何を得て、何を失っているんだろう?
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