アポロ再び

 最近、アポロ宇宙船の模型を手にいれた。アポロ11号のカプセル(司令船)など・・。
 このカプセルはスミソニアン博物館で販売されていて、スミソニアンそのものは通販もやっているけれどコレらはカタログに載っていない。限定品で一品一品にナンバーがある。
 塗装は、まぁもうちょっと奮闘してもイイよなレベルだけど、総じて出来は良い。
 堅牢な上に精妙で、背部の耐熱シールドの細やかなモールドなど眺めるに、しらず、ウフフフ・・ こりゃ素敵だわいと一人ほくそ笑むような出来具合。
 なによりもスミソニアンに展示されたそのカタチをそのままに再現している着眼が鮮烈で、置き物としてマコトに小気味良い。もっとも実際のスペースカプセルは、この人類の希有な遺産・モニュメントを保護すべく透明なカバーがかけられているのだけど、模型にカバーはない。
 ハッチが取り外せ、内部の操縦室が再現されている。1/24というスケール、手の中の宇宙たる模型ゆえ、本物のそれでは味わえない視点がいくらでも愉しめる。
こちらスミソニアンの本物
(この写真はアポロマニアックスから転用いたしました)
こちら模型
 最近、20代の前半くらいな人に、アポロの月着陸の話をしたら、
「そんなコトもあったようですね」
 淡々黙々とした口調でそう云われた。
 他の星に人が出向いたそのコトへの感嘆も驚愕もなく、まるで歴史の教科書で学んだみたいな、一種の知識の領域にアポロの飛行が置かれているコトに、微震めいた衝撃をおぼえさせられた。
"大化の改新"が何年で、光秀の乱で信長が討たれた・・みたいな知識のみの領域にアポロが置かれている事実。時代がめぐるというのは、まぁ、そういうコトなのであろうけれど、ライブな感触を持っていない以上は、それはやはり淡々とした知識上での話しというコトになるんだろう。アポロはボクが高校性の頃の話だけども、その熱狂を体感として通過させた者としては、いささか淋しい感じではある。自分にとっては未だ"生乾きの事実"も、ある人、ある世代にとっては"過去にあったらしき歴史のヒトコマ"に過ぎない・・ というコトになるようだ。
 ボクが生きて体感した上での、ボクの嗜好、ボクの思惑、ボクの感慨は、基本として、やはりボクという個にしか定着しえない性質ももった事態というコトでもあるんだろう。
 まぁ、そんな世代的感慨はさておき、一個の模型を入手したおかげで、近ごろのボクはまたアポロ関連の本をめくったり紐解いたり、さらに新たな模型も複数・・ 手にいれたり。草原上の牛がごとくにアポロという大掛かりな夢を反芻しては愉しんでる。今の今まで知らなかった事実を本なり模型なりで見つけるのは、発見めく昂悦があって、"愉快"という一語がまったくピッタリとくる。誰かのためという次第でなく、ただ自身の好奇を満足させるに足る"愉悦"でも、ある。あの壮挙から既に30年以上が経過しているけれど、いまだ、人を乗せ、途方もない速度で、月まで行って帰ってきた乗り物は他にない。一個の乗り物としては類例のない高価なものでもあったろう・・ とアレコレ考えるのもまた愉しい。
アポロのハッチ-模型
アポロのハッチ-本物
_________
筆者宛のお便りはコチラへどうぞ
_____________
go back