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Apollonia Paper Model Museum  
 
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元よりヴェルヌは海が好きな人でもあって、実際、『海底二万里』」第1部の執筆は彼の最初の自艇たるヨット「サン=ミッシェル1世号」の中で書いています。

 ※ 『{詳注版}月世界旅行』の著者W.J.ミラーによれば、ヴェルヌは船内デスクよりもデッキに寝転がって書くことが多かったそうです。

写真は彼が50歳の時に購入した「サン=ミッシェル3世号」。
中央に小型ボートも搭載し、専任の水夫も複数いる2本マストの蒸気船です。

最初のヨット「サン=ミッシェル1世号」はこの半分に満たないサイズだったようですが、住まいのあるアミアン市とパリとの間をよく往復していたようですし、執筆のために何日も閉じこもったりもしました。これは蒸気船ではなく帆のみ。
ヴェルヌは帆を操り、風をよみ、波をよみ、ロープを結び、舵をとり… と、アクティブです。



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 ノウチラス号の構築にあたり、頭の中に浮かべただけではなく、おそらく彼は船内の見取り図的なスケッチもこっそりとは描いていたでしょう。そうでなくば、あの濃密な船内描写はありえない…。
どこに何の部屋があり、何がそこに置かれているか…。

小説中、頻繁に登場する"中央階段"は、ネモのノウチラス船内を掌握するさいの大きな核となる部分です。
2階建て構造の船内はこの吹き抜けの階段室によって、1階、2階、そしてボートも結ばれます。

 ※ 小説では、はしごと記されますが、ペーパーモデル製作の参考にと図化したさい、これを螺旋階段と解釈し、ボートへの搭乗は別のはしごがある… というように再構築してみました。

 ※ 全体図はコチラを参照ください。

第1部10章から13章までを費やして、ヴェルヌはノウチラス内部を克明に描いてくれています。
いわば"大人の隠れ家"たるシークレットな殻の内部という次第で… おそらく御本人もけっこうこの部分は楽しんで書いたのではなかろうか… とも思えます。
部屋、その構造、家具、その配置といった諸々がそのサイズまで記されていますから、ヴェルヌ自身もそれをイラスト化して自身の備忘としたであろうと考えられるワケです。


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ヴェルヌという人の面白みはその辺りにありそうです。
ヨットを自在に操るアクティブな海の男の顔と、3日でも4日でも書斎にこもって煙のようにたれこめるパッシブな願望を濃く持っている男の顔…。
この両極が体内でせめぎ合っているのが、面白いのです。

 


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本文中には、ノウチラス号内図書室の膨大で華麗な蔵書の1冊としてジョルジュ・サンドの本がさりげなくも登場します。
ヴェルヌ流の……、これは礼節ですね。
しかも、これには多少のユーモアが含まれます。ある種の超人的な人格が浮き彫られたネモという峻烈なイメージの人物が、こともあろうに… 柔らかな恋愛モノの小説本も持っているというコトになるわけで。
このあたりのユーモアの深さがまた、ヴェルヌ作品を際立たせる魅惑の照射点の1つでもあるでしょう。
縫製の巧みだけではない、作家の力量をまざまざとみせてくれます。

ちなみに、ノウチラスの図書数は12000冊。それだけの量が長さ5mばかりのリーディングルーム兼スモーキングルームに収納出来るのかどうか… と、1冊あたり4cmほどの本で計算してみると… ちゃ〜〜んと収納出来ます。

 ※ 写真:1847年刊 ジョルジュ・サンド『愛の妖精』
     George Sand La petite Fadette
 
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愉しい漫遊旅行記を一部で装いつつも、『海底二万里』には、本来ならば処女作として登場するはずだったけれども封印されてしまった『20世紀のパリ』の、けっして明るくはない未来への嫌悪、ためらい… が、それでいて生きてそれを迎えねばならない、受け入れなきゃいけない諦め、詠嘆、懇望、嘆願… などの消息がノウチラスとネモに集約されているようでもあり、だからこそ、何度も読めるし、解釈もまた多様に咲くという次第に思われます。

仇敵とおぼしき軍艦を撃沈させた後の、呆然として闇雲なノウチラスの疾走描写には、ネモの深層を擬人化させて痛ましく、かつ頼もしくも圧巻であり、そこで発せられた唯一の、そして小説中にみられる最後の彼の発言、
"Almighty God! Enough! Enough!”
「全能の神よ! もうたくさんだ! もうたくさんだ!」
は、かの「2001年宇宙の旅」の最後の言葉、
"Oh my God!--- it's full of stars!"
「なんてこった! 星でいっぱいだ!」
と共に、永劫の謎が含まれた名句として、今後も光彩は衰えないでしょうね。

 ※ 『20世紀のパリ』はヴェルヌの曾孫Jean Verneが1991年に偶然に原稿を発見し1995年に出版されました。